蒼 ひ 哀 し み



「…典子?」

問う声に、はっと我に返る。
足ががくがくと痙攣するように波打つ。
息も大分あがってきて、ずるりと滑り落ちるようにセメントの地面に座り込んだ。
顔色も、悪い。

「…典子」

もう一度、確かに。
今座り込んでしまった彼女の名前を呼ぶ。
典子は無理やり足に力を入れて立ち上がろうとすると、吐き気がこみ上げてきた。

「典子、無理しないでいい。きっと疲れたんだ」
「…いい…。秋也、くん。早く…行かなきゃっ…」

とうとう足に力が入らず、典子は座ったまま涙を流した。
其れは止め処なく溢れてきて、典子の服を濡らした。
後ろからは低い声が追ってくる。

「…典子!まずい」
「秋也くん、だけでも逃げて。あ、あたし…捕まっても、いい、から」
「何言ってんだ、典子も一緒に合衆国に行くんだろう、約束したじゃないか」
「ごめん、ごめんなさい、秋也くん。でも、秋也くんには夢があるわ、
 合衆国に行ってやり遂げなくちゃならない、そうしたらあたしは足手纏いになるだけだから…
 秋也くん、逃げてえッ…!」

甲高い声が、空を割るかと思うくらいによく響いた。
典子の精神が悲鳴をあげている。
いや、其れは前から。あのゲームに巻き込まれたときから、もう。
友達を失い、何もかも失い、精神的に不安定になっていく。
典子の精神はもう、限界だった。

「…典子、ほら、手貸すから」

典子は何も言わずに其の手を振り払った。
秋也は其の手を見ながら黙っていた。
少し、赤くなっていた。

「…ごめんなさい。秋也くん」

まただ。
後ろから低い声が追いかけてくる。
秋也は典子を引っ張りあげて抱きかかえた。
典子はもがいて、何とか秋也の腕から逃れようとした。

「…秋也くん…、は、離して…ッ!!」
「何言ってんだ、典子、本当に…変だぞ」
「いいの、あたしはもう。足手纏いになりたくないの!」
「足手纏いなんかじゃない。典子は俺が守るから。絶対」
「駄目よ、あたし、行けない。秋也くん、早く!」

典子は思い切り秋也を押し飛ばした。
隙を見せた秋也は後ろに大きくよろけた。
其の隙に典子は飛び降り、自ら追いかけてくる警察の方へ向かった。

「典子ッ!」

「さようなら、秋也くん。」

典子は其れだけ言って黙って歩き出した。
典子の顔は、決意に満ちていた。
ふ、と頭に奇妙な感覚を覚えた。
何か、とても懐かしい、大事な何かを、忘れている気がする。
遠く、自分を呼んでいる、声がする。

「…秋也」

其れは懐かしく

「…秋也」

其れは暖かく

「…秋也」

其れは悲痛に満ちているようにも聞こえる

「秋也、何してんだよ、秋也あ」

自分の情けないところを叱咤しようとする声

「何やってんだよ、典子サン行っちまうぞ」

涙に声が枯れた少年

「七原、幸せに、なれ。約束しただろ。其れが俺の望みだと」

今度は、太い声が自分を叱った。
其れは自分の、大事な、何かを思い出させる声。

「七原、お前が典子サンを見捨てるのは、お前の勝手だ、
 俺には口出しできない。でもな、典子サンのことを…きちんと考えろ」


「お前が全てだ、七原」


優しく、ニ、と煙草を取り出して笑う男。
目の上にある大きな刀傷は見慣れた、あの人の

「…慶時、川田…?」

そうだ。
自分は典子を、慶時の好きな女の子を守るんじゃなかったのか。
典子が警察の前に行くまであと3メートル。
警察はギリギリに行くまで銃を撃たない気か、畜生。
秋也は同じポーズをとって典子に銃を向ける警官を一睨みした。
そして典子が前へ出るより素早く、其の前に回りこんだ。

派手な銃声がして、典子の前で血飛沫があがった。

「秋也くん…?」

穴だらけになった目の前の死体。
其れは、自分がずっと愛した人の肉の塊。
典子は暫く信じられず呆然としていた。
そして
大声を上げて泣いて
容赦なく警察は銃を向けて





もう一度引き金を引いた。







悲痛を訴える声が空に響いて
同時に銃声も響いて
嘆き悲しむ女の声が、しっとりと空に染み付いたまま










最後の望みは、討たれた。

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此れはキンキの「カナシミブルー」の題名からとりました(題名を/ややこしい)。
カナシミブルー→悲しみ青い(意味わからん)→青い悲しみ→蒼い哀しみ
というわけでBGMは「カナシミブルー」で。
ダウンロードした着メロエンドレスで聴いてました。
兎に角暗いですね。
結局最後秋也と典子は死ぬわけです。
寂しい事この上ない。
秋也が典子を抱きかかえたというポーズはいわゆるお姫様抱っこです。