グ リ ム 





忌まわしいものを見るように、弘樹は光子を見た。
見た、というよりは睨み付けた、という方が正しいかもしれないが。
弘樹が手にしていた本をひらひらとさせて、光子は口元を三日月形に歪ませた。
其れがまた弘樹の不快の元になる。

「こんなのグリム童話じゃあないわよ」

「白雪姫はグリム童話の代表的な話だろう。相馬も知らない筈がない」

「そんな台詞は本当の白雪姫知ってる奴は云わないわ」

本当の白雪姫、というのは何を示しているのか、弘樹はわからず首を傾げた。
光子は溜息をついて、また本をひらひらとさせた。
とりあえず本を返せ、と弘樹が云うと、こんな子供だましなの持ってんじゃないわよ、と
云われて光子の鞄の中に入れられてしまう。
女の子の持ち物を覗くのはご法度だ、とよく七原が云っている(そう云われなくても、弘樹にそんなことをする勇気はないのだが)。
弘樹は諦めたようにだらんと椅子に腰掛けた。
光子がくく、と口元を歪ませて笑っている。
なんてヤな奴だ、と杉村は心の中で吐き出した。

「白雪姫なんて、演技の上手い、親父に抱かれた女なのよ?」

実際は七つの子供で、毎晩毎晩親父に抱かれた女だと。
吐き気のするような話を光子は弘樹に聞かせてみせた。

白雪姫は、実の娘に嫉妬した哀れな母親の話。
親父に抱かれた白雪姫は、ある日城を出る。
娘は夫に抱かれていると知った母親は狩人を使って白雪姫を殺そうとする。
やがて小人の家に着いた白雪姫は、炊事洗濯掃除をしながら、小人達に抱かれる毎日。
母親の毒林檎によって死体となり、慕った小人が硝子の棺の死体を納める。
其処を通りかかった王子は実は死体愛好症。白雪姫を買うために、小人達を説得する。
そしてある日生き返ってしまった白雪姫は王子様と結婚する。
そして白雪姫は残酷にも、実の母親を処刑する。
傲慢な姫と死体しか愛せない王子が其の先どうなったのかは誰も解らないままだ。

光子はふうと息を吐いて本を机の上に置いた。
返すわよ、と云って鞄を担ぐ。

「結論を云うとね、白雪姫という物語は、世の中を甘く見た母親と、世渡りが上手い姫の話なのよ」

光子は前々から思っていた。
白雪姫はどうも、上手く出来すぎている。
自分自身と、重なり合う。

9歳の頃に、嫌がる自分を無理やり犯した親父。
そして、其れを勧めた母親を殺した自分。
シンデレラの義姉が踵や爪先を切り落としたのとは比べ物にならないほどの痛み。
胸がギシギシとなるように痛くなる、寂しさ、孤独。

ああ、こんなにも似てるんだから、あたしが死んだら硝子の棺に納めてもらいたいわ。
悲しむのは杉村1人でいいから。
小人なんて、王子様なんかいらないわ。あなたがあたしの死を悲しんでくれたらどんなにいいだろう。







ねえ、アナタはアタシのこと、どう思ってる?


ただの不良?
ただのクラスメイト?
ただの女の子?
魅力的な女の子?
愛してるだとか好きだとかそんな言葉はいらないから

あたしが死ぬとき、アナタはアタシの傍に居て。




ぱららららら。
古いタイプライターのような音が自分の胸のあたりから聞こえた。
血が溢れ出て苦しくなる。
血がつ、と自分の口元を伝う。口元から吐かれたということを理解することも出来なかった。
よろけて自分を撃った男に銃を向けようとする。
そうするとまた銃声がして-----自分の身体に弾が埋め込まれていくのがわかった。
また胸から血が溢れ出て、ぐちゃぐちゃのストロベリー・パイのような顔になっても、
まだ微かな意識はあった。

…あそこには杉村が居る
…あそこには杉村の愛した、杉村を殺した女の子が居る
…あそこにはあたしの死を悲しんでもらいたいと思った人が居る

なんとかして其の死体の傍に行こうと思ったが、もう身体がしびれて動けなかった。
微かな息を漏らして、意識がぷっつりと途切れた。
とうとう光子の思ったような死は実現されなかった。

死を悲しんでもらいたい人はもう死んでしまった。
硝子の棺なんかに納められもしない。雨が身体を叩く雨が降る、小さな森の中(ああ、
でも白雪姫は森の中で死んだので、その点はあってるかもしれない)。
王子様も小人も居ない中
自分を殺したのは魔女の売った毒林檎ではなく、
桐山という男が差し出した銃-イングラムM10-から吐き出された鉛弾。

桐山は表情を変えずに、光子の持っていた銃を剥ぎ取った。
そして森から去っていった。



甘い死など訪れないということだよ、お嬢さん。



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後味悪いですね。
本気でグリム童話は怖いです…。
しかも何気にエロっちぃ。
ウワー。
白雪姫が一番。

でもやっぱ光子と白雪は似てると思うのです。
皆さんグリム童話(恐ろしいヤツ)を読んでみてください。
あたしの言ってることがわかりますから。

関係ないけどとてつもなく短いですね。大丈夫かアタシ。