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ひでママさまに愛を込めて・・・          YES OR NO ?

            
               
            
             
「失礼しまーす」
 何度も夜を過ごしたことのある部屋だというのに、アメリアはいまだに玄関でそう口にする。
「スイッチスイッチ〜♪」
 闇の中、なれた手つきで壁をまさぐっていたアメリアの手が不自然に止まった。ゼルガディスが背後からいきなり抱きすくめたのだ。
「ゼルガディスさ・・・や、−−−−ん」
 振り返ろうとする肩ごしに唇が重なる。アメリアは軽く身をよじった。その肩を、ゼルガディスは無言で、アメリアが驚くほどの強い力でいっそう強く抱きすくめる。
「ん・・・だ、め−−−ん」
 カーテンの隙間からこぼれる月明かりにもはっきりわかるほど、頬を真っ赤に染めながら、そのくせゼルガディスの生理的な癖に馴れた動きで応えてくる。ゼルガディスは細い腰を抱き寄せたまま、潤み始めた大きな瞳へ夢中で瞼越しに舌を這わせた。
「・・・シャワー・・・ん・・・浴びないと−−−」
「後でいい」
「だめ、ですよ・・・。汗かいちゃったし・・・あ・・・雨も、かぶって−−−」
 ゼルガディスの舌がアメリアの舌をかすめ、からかうように離れた。銀の滴が二人をつなぐ。ほ、とため息をついてアメリアの体の動きも止まった。
「料金は前払いだ」
「料金?」
「しっかり払ってもらうからな。人の先約をキャンセルした分と、残業を肩代わりしてやる分と」
「え゛」
 小柄な身体を姫様抱きに抱え、ゼルガディスはすたすたとバスルームに向かった。目の下に広がるアメリアの白い胸元に唇を寄せる。
「行くぞ」
「え?」
「入るんだろう、風呂に」
「えっ?えっ?」
「しっかり洗わないとな。本番はまた「後」だ」
「えっ?ぜ、ゼルガディスさ、−−−ん」
   
   
     
 スポットライトだけが点った薄暗いリビングからは寝室の様子は伺えないが、アメリアはまだ眠っているようだ。愛おしいとしか言いようのない彼女の寝顔を思い出す。ゼルガディスは足を組みかえるとパソコン画面に向き直った。
 夜のニ時。ゼルガディスはひとりアメリアの残業をしているのである。資料の数値をソフトに打ち込んでグラフにするだけのシンプルな作業だが、ブラインドタッチもあやふやなアメリアにはさぞや困難な仕事だったに違いない。しばらく資料をめくる音とキーボードを打つ音だけが続いた。
「−−−よかった」
 突然声がした。振り返るといつのまにかアメリアが寝室の入り口に立っている。
「ここにいたんですね」
「悪い。・・・うるさかったか?」
 アメリアは首を横に振って、
「ゼルガディスさんが居なかったから・・・どこにいっちゃったのかと思って」
 アメリアは独りにされることをひどくおそれる。子供の頃の体験が一番の原因らしいが、あるいは寝室の闇の中でその記憶が蘇ってしまったのかもしれない。青い瞳には純粋な怯えの色が浮かんでいた。
 ととと、と走り寄ってきた細い肩を座ったまま抱きとめる。アメリアの小さな手がゼルガディスの背中に回された。身体ごと膝に抱きかかえるようにして、ゼルガディスは豊かな黒髪の上から頭を叩いてやる。
「この俺が、お前を置いていくとでも思ったのか?」
 わざと意地悪く笑いながら言うと、アメリアは透明なまなざしで真っ向からゼルガディスの視線を受け止めた。驚くほど澄んだ瞳。
 それが不意に外れる。アメリアは俯くと、ぶつかるような激しさでゼルガディスの胸に顔を埋めた。
「傍にいてくれたから・・・いいんです。今、ちゃんといてくれたから・・・」
 そんな言葉が震える唇から洩れたのは、しばらくしてのことだった。
   
   
  

 どうしても一緒にいたいと言うので、残りはアメリアを膝に載せたままでの作業になった。
 アメリアはゼルガディスの肩に頭を持たせかけ、「すごーい」だの「はやーい」だのとゼルガディスの手の動きに素直な歓声をあげながら、おとなしく座っている。
「よし」
 ゼルガディスは最後のキーを打ち込んだ。
「終わったぜ。お姫さん」
「ありがとうございました〜」
 ずっと重ねていた手をようやく離すと、アメリアは軽やかに床へ飛び下りた。いつもの笑顔がそこにある。
「コーヒー入れてきますね」
「ああ。頼む」
 アメリアがパジャマ代わりに着ているゼルガディスのTシャツは一枚で着るには少し丈が短い。キッチンに向かうアメリアの脚が、すらりと薄闇に仄白く輝いている。
「大丈夫ですか?」
 トレーにカップを二つ載せてアメリアが帰ってくると、ゼルガディスはリビングのソファに横になっていた。
「疲れたでしょう?」
「・・・ああ」
 横になったまま、心配そうに屈み込むアメリアの腰を抱き寄せる。確かに疲れていた。しかし彼女とともにいるという現実のほうがゼルガディスには重い。アメリアの膚の温みがゼルガディスを安らいだ眠りに誘う。
「いいさ。いい眺めだったし、な」
 アメリアはゼルガディスを見た。それから自分のTシャツの裾を見た。そして、
 ぼすっ
 ゼルガディスの顔に思いきりクッションがぶつけられた。
   
  
  
「あ」
 さっきとは逆に、胸にゼルガディスを抱くようにしてソファに座っていたアメリアが、小さく声をあげた。
「・・・どうした」
「ゼルガディスさん、留守電が入ってますよ」
 電話器の赤いランプが小さく点滅している。脇に置いている観葉植物の陰に隠れて今の今まで見えなかったらしい。ゼルガディスはしぶしぶ柔らかな身体から身を起こした。
「誰だ」
 アメリアを迎えに行くまで入っていなかったのは確かだ。帰ってきてからは電話はなっていないから、彼女を迎えに行っていた間にでもかかってきていたのだろう。
 やや八つ当たり気味に再生ボタンを押す。
 と、
『いやっほーーうっ。ゼル〜!元気にしてる〜〜!!わはははは!!』 
 大音量の笑い声が部屋中に鳴り響いて、ゼルガディスは危うく傍の植木鉢を落としかけた。
『なあによう。いないの〜?メールが常識のこの御時世に人がわざわざ国際電話かけてやってるってゆーのにっ。相変わらず恩知らずなやつなんだからっっ』
「り・・・リナさん、みたいですね・・・」
「何なんだ」
『今ラスベガスにいまーす。ベガスよベガスッ!一獲千金夢の街!!ホッホッホッ!街は楽しいし食べ物もおいしいしね!!原色大爆発で添加物ばりばりって感じだけど!』
「とりあえず元気みたいですよ」
「・・・。そうらしい」
『頼まれてた本見つけたから買っといたわよ。航空便で送りまーす。もちろん着払いでね♪』
「本なんて頼んでたんですか?」
「ああ。翻訳が出そうにないんでな。原作を探してたのがあったんだが」
 着払い。ゼルガディスが頼んだものとはいえ、いかにもリナらしい。
『それでね、お面買ったのお面!無愛想で陰気で胡散臭そうなところがゼルにすっごくよく似ててさー、ついつい買っちゃったのよ。一緒に送るから。アメリアに渡しといてね』
「本人に言え」
『どうせそこにいるんでしょーに。ムフフ』
 留守電と会話が成立してしまい沈黙したゼルガディスに追い討ちをかけるように、リナの声はなお続く。
『アメリア〜!!元気してる−?あたしもガウリイも元気にやってまーすっ』
「そのよーですね・・・」
『フィルさんに紹介してもらってレストランに行ってきましたっ。すっごくおいしかったわ〜。フィルさんにお礼いっといてねん♪』
「はーい」
『んじゃっ。ガウリイが呼んでるからこの辺でっ。なんでガウリイが電話に出ないかとゆーと、口いっぱいにステーキ頬張ってるからなのよねー。あたしの分まで・・・て、ええ?!ちょっとっ!!待ちなさいよガウリイ!!!』
 ぶつっ。
 始まった時と同じくらいの勢いで留守電は終わった。
 二人の共通の友人であるリナとガウリイが結婚式をあげたのは数カ月前のことだ。その後、新婚旅行と称してポンと海外に出、以後数カ月帰ってきていない。本人らの弁によると、世界を見て回るまであと数年は帰らないかもしれない、とのこと。頭脳明晰で外国語も堪能なリナと、頭脳はからっぽだが体力筋力だけは超駑級オリンピック選手並みのガウリイ、この二人が揃えば怖いもの知らずとはいえ、いかにも彼ららしい自由な生き方に、ゼルガディスもアメリアも納得し、呆れもし、また憧れもしたものだ。
「お二人とも相変わらずみたいですね」
 笑いながらアメリアが言う。
「そうだな」
 ゼルガディスは電話を見つめたまま、一言そう答えた。
 相変わらず−ー−ー
 そんな言葉とともに交わしたガウリイとの会話を、思い出していたのである。  
 

      
  
         

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