WhiteSpring

       

                

「え?」
 アメリアは手のひらを揃えて前に突き出した姿勢のまま、斜め上を振り仰いだ。
 手のひらには可愛らしいリボンつきの小さな包みが載っている。アメリアの視線の先の人物が、たった今そこに載せたのである。金属の髪、岩の膚、白いマント姿・・・魔剣士ことゼルガディスその人。
「だから」
 至ってさり気なさそうな口調で、ゼルガディスはくり返した。
「隣町に何とか言うテーマパークがあるだろう。俺は明日用があって隣町へ行く。お前が行きたいなら、ついでにそのテーマパークへ連れて行ってやってもいい。−−−と、言ってるんだ」
 なにやら恩着せがましい言い方になっているのは素直に慣れないゆえの照れ隠し。彼なりに一生懸命考えた末の案なのだ。
 今日はホワイトデー。
 アメリアの手のひらの小さな包みにはお返しのキャンデーが入っている。
 そしてもう一つ、できれば、なにげなく、さりげなく、でもアメリアが喜ぶものを・・・・
「そりゃお前だろ、ゼル」
 とガウリイはベッドに寝転んで外を眺めながら言ってのけたものだ。
「お前があげるものならアメリアは何だって喜ぶと思うぞ。一番手っ取り早いのはお前自身だろうな。いや、そういうイミじゃないぞ。もちろん」
「・・・あのな(汗)」
     
「特別なものを、なんて気にすることはないさ。一緒にいたい。大切にしたい。その気持があればそれでいいんじゃないか。ちゃんと伝わるさ。アメリアになら」
           
「どうする。行くか」
「はい!・・・でもいいんですか?ほんとうに?」
「意外そうだな」
「ゼルガディスさんにこんなこと言ってもらえるなんて思ってなかったから・・・。なんだか夢みたいで・・・」
 ぽうっと頬を朱色に染め、もう一度ゼルガディスの顔を覗き込むと、
「うれしいです。とっても!ありがとうございますゼルガディスさん!!」
 手のひらのキャンデーを握りしめて、アメリアは子供のようなあどけなさで大きく頷いた。
「ただしリナには内緒だぞ」
「どうしてですか?」
「(俺が)脅しのネタにされるからな・・・」
「・・・そ、そーですね・・・」
  
 
「きれいですねーーー!!チューリップですよーーー!!」
 ゲートをくぐったばかりだと言うのにアメリアはおおはしゃぎである。ほらほら、ゼルガディスさんも見て下さいよう、と跳ね回って案の定、
 ずべしゃ。
「いったーい・・・」
 跳ね回って滑って転ぶほどではないにしろ(笑)実際美しい光景だった。
 晴れ渡った青空の下に広がる、見渡す限りのチューリップ畑。
 まだ空気は冷たかったが、おだやかな風に、満開に咲き誇った赤や黄色の花が柔らかく揺れている。
「大きな風車がありますよ!おおっ?!向こうからチューリップの鉢植えを頭にかぶった着ぐるみさんの親子連れがっ!!あっ手を振ってくれてますよっ。こ〜ん〜に〜ち〜は〜!!」
 打った鼻の頭を涙目で抑えつつ、こりぬ姫君はクルクル表情を変えながらまたもやあっちを覗きこっちを見渡しと大忙しだ。
 このテーマパークはチューリップと風車でよく知られた外国のとある町そのものをメインのテーマにしていて、まるで実際にその町を訪れているかのような気分になれるほど、家並みや町並みやちょっとした風物までもを忠実に再現していることでよく知られている。
 パンフレットと(アメリアが)にらめっこしつつ、二人はその町並みが続くメインストリートへ入った。
「あ、あれがチョコレートの滝ですねっ!」
 アメリアにつられてゼルガディスが脇の店を覗き込むと、
「・・・あれがか?」
 奥の一角で、確かに焦茶色の粘性に富んだ液体が壁からでろでろと流れ落ちているのが見えた。
「ほら、あんなにたくさん流れていってるじゃありませんか!つやつやしててきれいですねー。いい香り〜。あとでチョコレートパフェ食べましょうねっゼルガディスさんっ。その前にこことここのアトラクションにいって−、それからお昼のパレードを見てー・・・」
 パンフレットとにらめっこしているのはどうやらこれからの計画を立てているためらしい。
 しかしうまく行かないのが計画というものである(笑)それでなくともアメリアは好奇心旺盛な娘なのだ。通りを満遍なく埋め尽くしている人ごみに揉まれ揉まれつ歩いているうち、気づけば隣にいたはずのアメリアが消えており、あわてて辺りを見渡すといつの間にそんなところまで行ったのやら、はるか向うのお土産屋さんに人波から頭1.5個分ほど低いアメリアの頭のてっぺんのふさふさが動いていたりして、ゼルガディス、気の休まる暇もない。目的のアトラクションに到達する前に、ついにゼルガディスはアメリアを見失ってしまった。
   
 ピンポンパンポーン。
”セイルーン王国からお越しのー、ゼルガディス=グレイワーズ様ー。ゼルガディス=グレイワーズ様ー。お連れ様がお待ちですー。中央広場のインフォメーションセンターまでお越し下さいませー”
    
「少しはじっとできないのかお前は」
 だの、
「世間知らずもほどほどにしろ」
 だの、
「だからお前は子供なんだ」
 だの、どんなにか叱られるだろうとアメリアは思っていたのに、迷子ルームに迎えに来たゼルガディスは、不愛想度こそ増していたものの何も言わなかった。
「行くぞ」
 一言、それだけである。
 しょんぼりと手をひかれつつ、人でごった返すセンターを出た。
 もう昼だというのに風はやはり冷たい。
「これでいいだろう」
 少し歩いて、ゼルガディスが前を向いたまま唐突にそんなことを言った。
「え?」
 片手に、軽く握りしめられる感触。
 思わずきょとんと見直していると、不意にゼルガディスがつなげたその手を引き寄せる。
「わ!?」
「離れるなよ」
「は、・・・はいっ」
「次はそこのアトラクションだったな。並んでおくか」
 アメリアはゼルガディスをみた。それからもう一度つなげられた手をみた。
 そして顔を真っ赤にして俯いて、もう一度ハイと答えた。
  
  
「へえ〜。このシャンデリアってあんなふうにしてここにやってきたんですね〜。ドラマチックですねー!」
「・・・・」 ←嵐に遭った船の映像と水にまつわる諸々の実体験が重なって気持悪くなっている
  
「わーーー!つめたーい!!洪水っ洪水ですよゼルガディスさんっっ!!大迫力〜!!」
「・・・・・・・・」 ←洪水のイメージ映像と水にまつわる諸々の実体験が重なって気持悪くなっている
  
「すごーい。こんなにたくさんオルゴールがありますよ。かわいーい!音も優しくて、なんだかほっとしちゃいますね〜」
「まったく・・・足が地に着いてるってのはいいものだな」
「は?」
        
「あの川の向うの大きな建物、ぜーんぶホテルだそうですよ。すごーく豪華な!まるでお城みたい!すてきですねー。きれいですねー。いいなあ。泊まってみたいなあー」
「お前は城生まれの城育ちだろうが」
「それとこれとは別ですよう」
「泊まってみるか?どうせ全部ツインかダブルだぞ」
「いいんですかっ!?(純粋な期待の眼差し)」
「・・・。・・・冗談だ・・・」
「え、何ですか?何でそんな目で見るんですか〜。もううぅ」
      
 端から端まで歩き回り、チーズやピザやケーキやチョコパフェや海鮮料理やおいしいものもたらふく食べて、ガウリイとリナへのお土産(もちろん食べ物)もたっぷりと買い込んで、最後のパレードとステージを見終わった頃には、夜はすっかり更けきっていた。
「そろそろ帰るか」
「はーい。・・・ハッ」
「?」
「・・・クチュンッ」
「風邪でもひいたか?」
「だ、だいじょうぶです・・・っくちゅんっ」
 アメリアのすぐ目の前を、ふわりと何か白いものが風に流れて飛んでいった。
「え・・・雪・・・?」
「ずいぶん肌寒かったからな。今晩は冷え込みそうだ」
 ゼルガディスは首をめぐらせる。街灯に淡く輝く一面のチューリップに、仄白く光る雪がゆっくりゆっくりと舞い落ちていく。きれいだと思った。そして彼の傍らで、今、彼と同じ光景を見つめているアメリアの横顔をみた。どこか謎さえ感じさせるほど大人びた微笑を湛えて街灯に照らされているアメリアも、やはり今にも溶けて消えてしまいそうなほどに、はかなく淡く輝いていた。
 ところがとたんに姫はいたずらっぽくゼルガディスを見上げ、何やら取り澄ました口調で、
「きっと空もびっくりしちゃったんですよ。こんな所に連れてきてくれるなんて、ゼルガディスさんいつもと全然違ってあんまり優しすぎるんだもの」
 俺は普段そんなに冷たいだろうか、と些細な疑問を胸に秘めつつ(笑)、ゼルガディスも言い返す。
「それはお前だってそうだろう」
「わたしはいつだって親切ですよっ。正義の味方ですから!(びし)」
「そうじゃない。いつもと違って、−−−−」
「?」
「・・・・いつも以上に、・・・きれいだったさ」
 ゼルガディスはマントを脱ぐとそのままアメリアの小さな肩に羽織らせて、
「行くぞ」
 歩き出した。
「あ、・・・ま、待って下さーい!」
 アメリアも慌てて追い掛け、横に並ぶと、火照った顔をうつむけてほんの少しだけ考えて、
 きゅ。
 今度は自分からゼルガディスの手を握ってみた。
 ゼルガディスが、つないだアメリアの手を握り返す。
 力を込めて。
 風に雪が踊っている。
「明日は荒れそうだな」
 ゼルガディスが空を見上げて呟いた。
「そうですね」
 片手の指先に息を吹き掛けながら、アメリアも見上げる。
 冷たい風が頬を叩いた。
「行くぞ」
 アメリアの手をひいて、ゼルガディスはそう呟いた。
「はい!」
 ゼルガディスのひんやりした、それでいて暖かい手を握り返して、アメリアは大きく頷いた。
          
       

         

                     
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