美しきアメリア                        1

     

          

「あんた達もコンテストに参加するのかい?」
 おやつ代わりの軽食を運んできてくれた宿屋の女将が、嬉しげに目を細めた。
「そうなんです。せっかく居合わせたんだし、面白そうだし、景品も気になるな、と思って」
「ふふふ。モデルがあんたみたいな娘さんなら誰だって手に力が入るさね。可愛らしいったらありゃしない。まるでお姫さんだもの」
「えへへ♪」
 実は正真正銘のお姫さまのアメリアは椅子に腰掛けた姿勢のままはにかむように微笑んだ。お世辞でも可愛いと言ってもらえるのはやはり嬉しい。しかしアメリアにしては妙に笑顔がぎこちないのは・・・
「こら、動くなとさっきから何度も言ってるだろうが!」
「あ、はい、すみませーん!」
 がんばりなよ、と扉の向こうで手を振る女将に目顔でお礼を伝え、アメリアは慌てて正面に向き直った。その左斜め前方、やや離れたところにいるのは怒声の主、ゼルガディス。眉間・・・があるのか?・・・にしわを寄せ、アメリアを見つめてはしきりに手を動かしている。その手元に広げられた画布の上では、慣れた動きで走るペンの先で、繊細な描線が目前の少女の面影を鮮やかに写し出しつつあった。

            

「ね、聞いた聞いた?景品、古文書とかも結構あるらしいわよ!!」
 肖像画コンテストの話を持ち込んできたのは、散策と称して着いたばかりのこの町を食べ荒らしに出かけていたリナ達・・・と財布代わりのフィリア・・・だった。大きい町ではないのだが、交通の便でもいいのか通りは妙に人が多い。それが煩わしくてゼルガディスは一人宿屋に居残っていたのである。
「あんたにうってつけじゃない。期待してるわよゼル♪」
「まあなー。リナのセンスあれだもんなー」
「ですよねー」
 ずがっどこっばきっ。
「俺は興味ない。お前らで勝手にやってくれ」
「なんでよ?あんたの体のこと、何か手がかりがあるかもしれないじゃない」
 涙目でうずくまるガウリイとアメリアを尻目に、拳を握りしめたままリナが目を丸くする。よほど意外だったらしい。
「さっき宿屋の親爺に聞いた。この町はまだできて二百年ほどだそうだ。近くにたいした遺跡もなし。そんなところのたかだか景品ごときで俺の欲しい情報が手に入ると思うか?」
「そうですわリナさん!今は何より御神託の方が大切です。遅くても明日にはここを出発しないとっ」
 フィリアがここぞとばかりに二人の間に割って入ったが、そんな特徴のない理由でこのリナを説得できるわけがない。
「わかってないわね、フィリア」
 リナはチッチッチ、とどこぞの自称「謎の神官」のように指を振って、
「手がかりってのはいつ、どこに、どんな形で落ちてるか解らないものよ。気になるものはしらみつぶしにあたってみる!やれることはやるべーし!!一見遠回りだけどそれが勝利への一番の近道ってやつなんだから。これもあんたのため、世界の危機のためにあたしが八方手を尽くして手に入れた貴重な情報なの。わかる?」
「はあ・・・。わかります・・・けど・・・」
 言い包められてるし。
 ひそかにハモる周囲三人。
「ゼル、あんたもそんなこと言ってるけど、「実はお目当ての情報が載ってました」なーんてあとで友達面したってムダだかんね」
「誰がそんなお前みたいなことをするか」
 ばこっ。
 レゾの狂戦士と呼ばれた男を素手でどつき倒す女、リナ=インバース。・・・やはり恐るべし。
 だが三日以内に出立という条件付きながら最終的にコンテスト参加を決定したのはフィリアだった。景品に古文書だけでなく彼女が唯一目のない骨董品も数多く含まれていることが判明したのである。
 そんなんでいいのか、フィリア。
 そんなんでいいのか、世界の危機・・・。

       

 ゼルガディスが動きをとめて、もうかなりになる。
「アメリア」
 暇を持て余して女将お手製のサンドイッチをぱくついていたアメリアは、突然の彼の声に慌てて椅子に納まった。
「ふぐ・・・(ゴックン)・・・な、なんですか?」
「笑ってみてくれ」
 手先の器用さに加えて先日の火竜王神殿崩壊事件でかなりの芸術的感覚の持ち主であることが発覚したゼルガディス。しかも今回はアメリアがモデルときている。なんのかんのいったところで、女将の見抜いた通り腕に力の籠らぬはずがない。そんなアーティスト・ゼルガディスとしての感覚が、画布の上のアメリアに微かだがしかし確かな違和感を感じている。それが表情だというのは解っていた。だがその意味するところが彼にはうまく掴めないのである。アメリアが映えるのはやはり笑顔だろう。そんな何気ない思い付きが口をついて出た言葉だったのだが、アメリアも意味をとりかねたらしい。人さし指をあごに当てて少し首をかしげてから、
「こうですか?」
 にこ。
「それは素だろう」
「むー。どーゆー意味ですかそれ。ちゃんと笑ってるじゃないですかっ」
「怒るな。悪い意味じゃない。そうじゃなくてだな、もっとこう、幸せそうな顔をしてほしいんだが」
「幸せそう、ですか?」
 にぱ。
 ゼルガディスから小さくため息がもれる。
「・・・アメ玉をもらったガキだなまるで・・・・」
「え、なんですか?」
「なんでもない。そうだな、お前の好きな正義とやらが世界にまた広まったとしよう。これならどうだ。幸せにならないか?」
「なります!そりゃもう、もちろん!」
 キリリ。
 凛々しい笑顔と共に、意味もなく前方を指差して決めポーズの正義おたく爆裂娘。そしてたまたまその前方にいたために指の先でがっくりうなだれる元悪人の魔剣士一人・・・。

      

           

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