4                ゼルガディス救出大作戦

        

         


「ひどい!ひどいわゼルガディスさんっ!!」
 もう一声そう叫ぶと、瞳をウルウルさせ、少女マンガチックに不可視の星まで引き連れて、リナはこちらに向かって走ってきた。
「ひどーい!」
 ふり。
 ふり。
 いかにもかよわそうに振られる頭が栗色の髪を背中で優しく跳ねさせている。知らない人が見ればさぞかし可憐な少女に映っただろう。知っている二人は、かたやブキミさに頬をひくつかせ、かたや演技を忘れてしらじら〜と冷たい視線で眺めている。これこそ知る人ぞ知るリナの趣味と実益をかねた必殺技、「ぶりっこ」。
「ひどいわあああああ−−−」
 語尾が伸びたのはそこで床を蹴ったからだ。
 総勢5人が立つ祭壇の何mか手前で一気に宙に舞い上がると、
「−−−あああハアアアアっっっ!!」
 気合い一発、リナの宙返りアンド左回し蹴りが、
 どぐおおおおっ
 ゼルガディスの右こめかみに炸裂した。
 めりめりめりっ
 音まで立てて赤いハイヒールのつま先がキメラの皮膚にめり込んでいく。
「ひどいわっっ!!」
 着地するや否や、ぐらりと倒れかけたゼルガディスをひっつかみ、
「あたしとゆー、こーんなにかわいくてけなげでかしこくてらぶりぃ〜な恋人がありながらっっ!!」
 びしっと黒い花嫁に顔を向け、
「こんな年増やっっ」
 びしっと今度はアメリアを見て、
「こんなお子ちゃまにうつつを抜かすなんていったいどーゆーつもりなのーーーっっ!!」
 リナはゼルガディスの上半身を文字どおりぶぅんぶぅんと振り回した。白目を剥いたゼルガディスの上半身が残像を作りつつ逆さ振り子のように左右へ大きく振幅する。
「え?!えっえっリナさんっ??!」
「海の見える丘でプロポーズ、白亜の教会でロマンチックに挙式して、ハネムーンは外の世界で二人っきり甘〜い愛を永遠に囁きあおうねって約束したでしょゼルガディスさん!あれは全部嘘だったのゼルガディスさん!あたしだけを愛してるって言ってくれたじゃないゼルガディスさん!!冷たい人ね陰気で甲斐性なしで見た目も口も態度も性格も四次元的にひねくれまくったこっそりロリ※※ゼルガディスさ」
「やかましい!!!」
「そーですよ!!なんてことゆーんですかっ!!」
 ぴた。
 抜群のタイミングで仲良く固まったリナとゼルガディスの間に割って入ると、アメリアは涙目のまま真剣にリナを見上げた。
「違うんですリナさんっ。ゼルガティスさんは本気なんですっ。わたしちゃんと聞きました。あちらの女性(ひと)はゼルガディスさんが好きで、それで」
 なおこちらに背を向けたままの黒い花嫁を差し、何かを必死に堪えているのだろう、両手を白くなるほど胸元で強く握りしめ、悲しげに瞳を伏せる。
「それで・・・、ゼルガディスさんも・・・。・・・あちらの女性を、その、愛してる、って・・・。大切にしたいと思ってる・・・って・・・。リナさんやガウリイさんにも済まないって言っておいてくれっ、て。ね、そうですよねゼルガディスさんっ」
「・・・・」
「・・・(ボソ)あんた何言ったのよゼル・・・」
「リナさんが何を企んでるのか知りませんけれど、愛する二人を引き裂くとはすなわち悪っっ(びしっっ)」
「こらっっ誰が悪なのよっ!!」
「天に代わってこのアメリアがお相手しますっ。さあゼルガディスさんとそこの女性(ひと)!!今のうちに逃げて下さい!!」
「アメリア!あんたねえ!!」
「その通り」
 アメリアの後ろから野卑げた声が飛んできた。
「話はついとるんだよ栗毛のお嬢さん。何を企んどるのかは知らんがな。そこのひょろっとした兄さんはわしの嫁を、わしは兄さんの嫁を貰う。何の問題もない。あんたたちのことはあんたたちだけで解決してもらおうか。それとも・・・わしの一族も加わらねば収まらんようなことかね?それなら話は別だが」
 ぼたもちだった。
 そしてさらにその後ろには・・・
 いつのまにか、客席を埋めていた黒衣の男たちがずらりとならんでいる。
 手に手に剣を持って。
 男たちは音も立てずゼルガディスとリナを取り囲むと、問答無用に二人を締め上げた。文句なしなプロの技である。それを満足げに眺めて、ぼたもちは、
「これはわしの結婚式でな。すまんが失礼するよ」
 ひょい。
 キメポーズ状態のアメリアを抱え、祭壇の中央に立った。
「えと、あのぅ、・・・あれ?」
「離してくれっ!アメリア!僕の妻ああっっ」
「いやーん!!いたーい。離してえええ」
 未だ状況が掴めず目を白黒させているアメリアを尻目に、のんきそうなたわごとを口走っている・・・ように聞こえなくもないが、ゼルガディスもリナも実は猛烈に焦っていた。
 ぼたもちの手に銀の腕輪が光っているのを見つけたのだ。
 これはまずい。
 この国で習慣づけられている結婚の証し。はめたら最後、死ぬまで外すことはできない。本来は教会でしか填めることが赦されない、そういう決まりがある腕輪であることを知っていたから、ゼルガディスはともかくリナはついうっかり気に止めていなかったのである。
 ぼたもちぼたもちと連呼しているが、もちろんこの壮年ぼたもち男には名前がある。
 アラン=グルカン。
 この国の闇の帝王。
 そうだった。
 教会や国が定める「些細な決まり」なぞ目配せ一つで有効にも無効にもできる、この男はこの国の影の支配者だったのだ・・・・
 そこまで知っていて、ついでにこの三文芝居の裏までも知っているからこそ、今、二人はひたすらたわごとを言い続けることしかできない。いや、言い続けなければならない。
      
 黒い花嫁から、皆の注意を逸らせるために。
      
 だがこの時、ゼルガディスの目の前で小さい悲鳴があがった。
 アメリアの細い身体がくたり、と崩れ落ちる。
 そのしなやかな左手を、アランがゆっくりと脂ぎった指先でつまみあげた。にんまりと卑猥な笑みを浮かべ、アメリアの手首に、
     
 腕輪を、−−−−−−−
    
「アメリア!!」
「ばっ・・・ちょっちょっとゼルッッ」
「離せ!後少しだったが仕方ない。行くぞっ」
「ばかっっ行けないからまってんでしょーがっ!!・・・て、こら聞け−ー−!!!」
 どすっ
 リナの制止を振り切ったゼルガディスの蹴りが黒衣の男どもに決まった。偽バーテンの豹変に辺りが緊張に包まれる。
 その瞬間。
   
     
 キー。
 パタン。
 てくてくてく。
  
   
「おーいリナ−。なんか知らんがあっちは終わったらしいぜ」
「が・・・がうりい・・・」
「はっはっはっ。すごい格好だなゼル−!!なかなか似合ってるぞ。ほれ、お前さんの剣」
「・・・ああ・・・。済まんな・・・と、とりあえず・・・」
「ん?この人たちみんな何やってんだこんな所で。もう夜中だぜ。・・・ていうか」
 ガウリイの美貌に不敵な笑みが浮かんだ。
「こいつら、敵だな」
「敵だ」
 アランを睨み据えたまま剣を鞘から抜き放つと、ゼルガディスも普段の口調に戻って一言そう告げた。
 そしてそれと同時に、彫像のようだった黒い花嫁が、この夜初めて、にっこりと微笑みつつ振り返った。
「ごめんなさい。集中するのに時間がかかっちゃって。こっちも済んだわ。大丈夫よ」 
「っしゃああああああああああっっ!!」
 叫んだのはリナ。そう、リナだって本当は暴れたくて仕方がなかったのだ。というより暴れるために彼女はここへ来たのである。
「出ました出ましたお許しがっ。じゃあ行きますかねっ!とりあえずぅ、あたしのだーい好きなファイア−・ボー−ルゥゥゥーーー!!に似せたドラグスレイブーーーーー!!!!なんちゃってーーー!!!」
 ドゴーーーーーーッ!!!
「なっ・・・いきなしかいーーーーーっ!」
       

 ドオオオォォォォン

        

 ほんの数分後。
 一つの巨大ホテルが魔赤の炎に包まれつつ、
 巨大水柱と巨大火柱と大量の爆煙を吹き上げながら、
 海の藻くずと消えたのだった・・・。
       
      

                

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