聖セイルーン学院高等部 1

          

     

 春、たけなわ。

 風に踊る花吹雪の中、桜の下に立ち尽くす黒髪の少女一人。
 アメリアは乱れる前髪を押さえながら目前の建物を見上げた。
 澄み渡る青空をバックに、ここ聖セイルーン学院の高等部校舎が、陽の光の中純白の壁も鮮やかに照り映えている。
 今日は入学式。
 三年間親しんだ中等部校舎とお別れし、アメリアも今日からこの建物の住人だ。高等部と中等部は隣接しているから校舎自体はすでに馴染みのものだったけれど、いざ自分がその中に入るのだと思うと、嬉しいようではずかしいようででも元気が湧いてくるようで、そんな不思議な気持になってくる。
 と、
「やっほーう。アーメーリーアー!!」
 桜並木に突如響き渡る大音声。 
 栗色の髪をなびかせた少女が走ってくる。アメリアも走り出した。
「リナさん!」
 後10メートル。
 アメリア、ここで思いっきりジャンプ。
「リーナーさーん!!」
「わっアメリアッちょっとっ・・・ぶ」
 二人は思いっきり抱きついた・・・・ように見えたが、アメリアのジャンプがボディプレスとなってリナを襲う(笑)
「わっわっごめんなさいっ!大丈夫ですかリナさん!リナさんってば!」
「カウント1、2、3・・・ほい、リナの負け」
 二人の上に長い影が落ちた。きょとんと振り返ったアメリアの目に飛び込んだのは、暖かい金色の波。
「わ?」
「だー!!!誰が負けじゃー!!!!」
 がばっ。
 起き上がりざま、リナはむにーっと見るからに柔らかそうなアメリアの両頬を引き延ばした。
「あんたねえ!入学早々この天才美少女、リナ=インバースさまにケンカ売ろうっての?!」
「ふ・・・ふみまふぇん・・・(す・・・すみません・・・)」
 今こそ目を逆三角に見開いてえらい形相になっちゃいるが、黙って座っていれば赤みがかった大きな瞳と長い栗毛が本人の主張通り確かに愛らしい彼女、リナ=インバースは、ここ高等部の現生徒会会長にして、これまた本人の主張通り特進組でもベスト5に入る頭脳の持ち主だったりする。ちなみにアメリアの一コ上、今年高等部二年生。
「ったくもう、いつまでたってもお子さまなんだから!」
「すっころんで目回してるお前もいい勝負だったと思うぞ」
「なんですってえ」
 ぽんぽん。リナの頭に手が載る。アメリアは頬をさすりながら、リナに寄り添うように立つその人影を見上げた。金色の波に見えたのは、
「金・・・髪・・・・?」
 大きい。身長190はあるだろうか。豊かな金色の長髪と碧い瞳が目を惹いた。でも一番特徴的なのは明るい笑顔と優しい眼差し。ハッキリ言って王子様系の美男子だ。
「リナさん、こちらは?」
「そっか、会うの初めてなんだっけ」
 リナはポンと手をうって、
「ガウリイよ。ガウリイ=ガブリエフ。今年三年なの」
 と言うことはアメリアより2コも上。道理で大人っぽいわけだ。
「見た目はこうだけど中身はクラゲでさー。うちがエスカレーター式じゃなかったらまだランドセル背負ってんじゃないかしら。天は二物を与えずって言うけど、まさにこのことよね」
「よ。よろしくな」
 聞きようによらなくてもたいそうひどいリナの紹介(?)を気にするふうでもなく、ガウリイは軽く片手を振った。
「アメリアといいます。こちらこそよろしくお願いしますね」
 アメリアもぺこりとおじぎをして、
 おもむろにニコニコニコっ。
 瞳をキラキラキラっ。
「で?ガウリイさんとリナさんて?恋人どうしなんですかっ?」
「何言い出すのよアメリアっ」
 おやおやおやおや。
 あのリナが耳まで真っ赤になっている。
「ちっ・・・違うわよっ。ね、ガウリイ」
「だとさ」
「だとさって、ちょっとっ」
 ぽかっ。
 リナはガウリイを景気よくどついて、
「こいつは自称あたしの保護者。ちょっと前、よその不良に絡まれた時にたまたま助けてもらってさ。ほら、あたしって可愛いからよく絡まれるじゃない。ボディガードに便利だし、お礼って言うか、ガウリイって脳みそヨーグルトだからこのままだと卒業も危ないのよ。勉強教えてやったりとか、まあ悪いやつじゃないし、同じ学校だったし・・・。そ、それだけよそれだけっ」
 にしちゃあずいぶんまとまってない上に長かったような。ガウリイを見ると、何やら笑いをかみ殺している。
「いいなあ」
 パワフルでしっかり者で・・・時として凶暴だけど・・・でも女の子らしくて。そんなリナはアメリアの憧れなのだ。アメリアもつられて照れ笑いしながら、
「すごくお似合いですよ。お二人とも」
「おこちゃまが生意気なこと言わないッ。少女マンガの読み過ぎよあんたわっ!」
 叫びざまいきなりコブラツイストに入るリナ。相変わらず顔はトマトだ。アメリアが両手をばたつかせる。
「ぐえ゛・・・ロ・・・ロープ・・・ロ゛ーブ・・・」
 そんな時だった。
 彼に初めて会ったのは。

           

「そろそろ時間だぞ」
 声は不意にアメリアの正面からした。
 目を開けると、いつのまにかすぐ傍の地面に学生靴が立っている。
 こう見えてもアメリアは柔道と合気道と空手の達人だ。そんな彼女に気配もろくに悟らせず近付いていた人物。
(・・・・誰だろ・・・・?)
 視線を上げていく。青年だ。ここの生徒らしい。・・・・聖セイルーンの制服はブレザーである。形は全学年共通だが、学部ごとに男子はネクタイ、女子はリボンの色が変わるから、所属は一目で判別できる。謎の学生靴のネクタイはエンジ色。ガウリイと同じ、つまり高等部の学生だ。さらに視線が上がる・・・・青黒い膚、豊かな銀髪。アメリアの知らない顔がそこにあった。
 ガウリイも二枚目だけれどこちらもかなりのハンサムだ。例えて言うならクールな頭脳派タイプ・・・でもなんだか無表情だし目つきが悪いことこの上ない。瞳の色は決して恐くなかったけれどぞっとするほど冷ややかで、本人の美形ぶりもあいまって、他人を寄せつけない、近寄りがたい、そんな雰囲気がひしひしと感じられた。
(そう言えば、一コ上に見た目が変わってるけどすごくかっこいい人が居るって・・・恐い噂がいっぱいあって、ここら辺の不良を仕切ってるとか暴力団とつながりがあるとか無免許運転の常習犯だとか、大学生の女の人と、あ、遊び回ってるとか・・・・)
「悪い悪い」
 コブラツイストをかけられたまま拳を握りしめて長考に入ったアメリアをよそに、ガウリイは軽くうなずいて、
「リナが、知り合いが1年に入ったんで会いに行く、って騒ぐもんでさ。もうそんな経ってたか?」
 ここで初めてクール男の視線がガウリイの横のリナへ、それからアメリアへ向けられた。クール男、顔に違わず視線も底冷えするほどクールである。対するアメリア、こちらは・・・・

 ・・・思っいきりジト目・・・・

 そう、知る人ぞ知る、アメリアは正義オタク爆裂娘なのだ。正義がそんな怪しい噂を黙認できるはずがない。関節をみしみし言わせたままジト目でクール男を見据え、
「あやしいです・・・・」
 素直と言えば素直、でも初対面でいきなり口に出すかアメリア(笑)
「そうね、ついでに紹介しとくわ」
 ようやくアメリアを解放すると、アメリアの爆裂ぶりもクール男のクールぶりも了解済み、といった口調で、リナは両手を片方ずつアメリアとクール男に向けた。
「アメリア、こいつはゼル。ゼルガディスって言うの。ガウリイの親友であたしのクラスメイト、でもってあたしの便利アイテム2号」
「ええええっ!?リナさんこんな怪しさ大爆発な人と知り合いなんですかっっ!?」
「・・・あんたねー・・・」
 リナもさすがによろけつつ、今度はクール男・・・ゼルガディスに向き直った。
「ゼル、この子はアメリアって言うの。今年1年に入ったあたしの便利アイテム3号。ま、見ての通りの子よ。フルネームはアメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。正真正銘あのフィルさんの娘さん」
 リナが気軽に言うフィルさんとは、フィリオネル=エル=ディ=セイルーン・・・すなわちここ聖セイルーン学院の院長殿だ。
「どええっ!?」
 ひっくり返るガウリイの横で、クール男も軽く目を細める。無理はない。ハッキリ言ってこの親子、どこに血のつながりがあるのかと言いたくなるほど似ていないのだ。リナよりずいぶんとあどけないながらこちらも(本人はほとんど自覚していないけど)美少女のアメリアだが、フィリオネル学院長は別名「巨大ドワーフ」。つまりやたら大きくていかつくてなおかつ獣じみている・・・もっともある意味完璧似たもの親子な面もあったりするのだけれど・・・そろって熱き正義の信奉者なところとか。
「こういっちゃなんだけど、つくづく父親に似なくて良かったわよね」
「うーん。でもわたし、父さんもかっこいいと思いますよ」
「そーかあ〜?」
「そりゃ変だわアメリア」
 気の抜ける会話を締めくくったのは、それまで無言で腕を組んで立っていたゼルガディスの、ほとんど独り言のような一言だった。

「セイルーンのお姫さん、ね」

 フン、という小さな冷笑のおまけつきの・・・・。
 ゼルガディスの表現はある意味正しい。学院長なんて教育者然とした肩書きを持ってはいるが、フィリオネルは世界に名だたる大財閥セイルーン一族の現当主の長男、つまり財閥の次期当主候補No.1なのだ。その娘のアメリアは確かに、ごく自然に「姫」と呼ばれてもおかしくない環境の中で生きている。そんな呼ばれ方は決して好きではないけれどアメリアにもそれは解る。でも、
(「フン」て・・・・「フン」って・・・・っ)
 むかっ。
 むかむかむかっ。
 アメリアが何か言い返そうと口を開いた時、
「じゃあリナ、悪いけど俺行くわ」
「うん。気つけてね」
「アメリアも・・・なんかすごい顔してるけど(汗)・・・またな」
 手を振って駆け出したガウリイの向こう、ゼルガディスはすでにこちらに背を向け、校舎の方へ歩き出していた。
 二度とアメリアを見ることなく。

       

            

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