この剣は君のために   1

                  
                
 アメリアとリナがとある街にやって来ていた。
 男二人の姿はない。  
    

 それは一つ手前の街での事。
 リナとガウリイが通りを歩いていると、
「あ。・・ガウ−−−リイ・・?」
 すれ違った女性が不意に声をあげ振り返った。鎧一式に長剣を装備しているその姿の通り、ガウリイの傭兵時代の知人だという。
 ガウリイは当たり前といえば当たり前だが彼女を覚えていなかった。ただ彼女のシチューの話には反応した。「ああ、あれかぁ。旨かったぞ」と満面の笑顔で返し、くるりと背を向けたガウリイの後ろ姿に、リナはそっと目を伏せた。
 同じ頃ゼルガディスには客があった。
 落ち着いた色合いのローブ姿に古書を数冊携えた様子は、彼女が魔法関連の研究をしている人間であることを窺わせる。アメリアの知る限りこの町でゼルガディスを訪ねてくるそんな知人は一人しか居ない。彼が今「興味深い」と明言している遺跡の管理人である−−−−男か女かまでは確認していなかったが。散歩帰りのアメリアが見たものは、カフェの一角でテーブルを挟んで談笑しているそんな二人の姿だった。
 おかしい。
 散歩に出る前、アメリアは例のごとくこの覆面男を連れ出そうとさんざん声をかけたのだ。彼の返事は「忙しい」ではなかったか?
 風向きのせいか不意に聞き慣れた声がアメリアの耳に届いた。
「わかった。考えておく」
 応じている声は向いの彼女なのだろう。最初の方は聞き取れなかったが、
「−−−−昨日のお店、素敵でしたね」
 ・・店? 
 アメリアの耳、ダンボ化。
 思わず手近にあった花壇の陰に座り込む。
 これは悪だ。人の会話を当人に黙ってしかも隠れて聞くなんて、ぜったい正義ではあり得ない。しかしアメリアはぐっと拳を握りしめた。彼女にとっては間違っていない行為のように思えた。なぜなら彼女は昨日「今日中に読まないといけない文献がある」とかなんとかいう理由でゼルガディスから一日放っぽっておかれていたからである。
(なのにお店って・・・・どーゆーこと?)
「良かったら、また行きません? グレイワーズさんの都合のいい時にでも」
「俺はいつでも構わん。あんたに合わせよう」
(「いつでも」!? 「合わせよう」!?!)
「明日まで古美術学協会の集まりがあるんです。明後日の夜なら空いてるんですけど・・」
「明後日 だな。今度は俺が迎えに行こう」
 アメリアの目の前で、こちらに背を向けているその女性へとゼルガディスは軽く微笑んでみせた。

 
 その夜。
 宿屋の一室には重苦しい雰囲気が立ち篭めた。
 妙に素のリナ、ぶんむくれのアメリア、当惑顔のガウリイ、そして相変わらずポーカーフェイスのゼルガディス。

    
 一昨日、お買い物の誘いを断ったのも。
 昨日、お昼御飯の誘いを断ったのも。
 今日、たまにはと散歩に誘ったのを断ったのも。
「みーんな、そーゆーことだったんですかっ!?  興味深いんだとか忙しいとか、全部ぜんぶぜーーーんぶ、言い訳だったんですねっ!!」
「あたしは別にいいわよ。会うのひさしぶりなんでしょ?積もる話だってあるだろうし。ゆっくりしていけばいいじゃない」
「それはそうなんだが・・・。なあ。ゼル」
 弱り切った様子で頭を掻くガウリイにゼルガディスはクールな一瞥で答えてから、
「何が言い訳か知らないが、俺は遺跡の調査をしてる。それだけのことだと何度言わせるつもりだ」
「じゃあどうしてお二人で食事の約束なんかされてるんです?!その前もいっしょにお店に行かれたそうじゃないですかっ」
「なんでそれを知ってる?」
「そ、・・それは・・〜〜〜〜」
 拳を突き出した姿勢のままふるふると真っ赤な顔で押し黙ったアメリアには目もくれず、
「情報が引き出しやすい」
 腕を組んだいつもの姿勢でここでようやくひたりと彼女に視線を据え、
「これは俺の問題だ。俺が何をしようとお前さんに文句を言われる筋合いはない」
「とりあえず」
 リナは猛然と口を開きかけたアメリアの機勢を制し、
「先に行ってるわ。その方があんたたちもやりやすいでしょ? 何かあったら連絡して。ほら・・これからのこととかさ。ガウリイ、あんたもいろいろあるでしょうし。・・じゃっ。行くわよアメリア」
「もう!知りません!!ゼルガディスさんのいじわる!わからずや!!うーわーきーもーのーーー−!!!」
 すさまじい濁点ボイスとともに扉は閉じられ、かくて、女二人旅の真っ最中、というわけなのである。
   
   
「(ふぐっ)・・まったくほんとにもう!・・・・(はぐっ)・・・・どーして男の人って・・・・(ゴックン)・・・・ああなんでしょう!!」
 どすっ。
 深窓の令嬢とは思えぬスピードとタイミングで順手に握り込んだフォークをチキンの中央に突き立てると、アメリアはそれを思いきり豪快に頬張りながら、
「遺跡がどーの情報がどーの忙しいだの気が進まんだの。人をコケにするにもほどがあります!!」
「別にゼルは言い訳してたわけじゃないと思うけど?」
 こちらも豪快にスパゲディやらサラダやらを頬張りながら−−−ただしアメリアの見るところふだんの2割方量は少ない−−−リナが言う。ゼルガディスはアメリアにはウソを言わない。というより言えない。アメリアは気づいていないし、ゼルガディス自身気づいているのかも微妙だが、リナたちにはいざとなればどれだけでも方便が使えるくせに、ゼルガディスはアメリアにだけは・・彼が意識してからかっている時は別として・・たとえそれが彼女を傷つける結果になるとしても、するどいままの本当しか言わない。でなければ黙り込んでしまう。
 気づけていないおかっぱ娘は、
「言い訳ですよ!!」
 だんっ。
 今度はナイフをテーブルに突き立てるや、
「あの人と約束があったならそう言ってくれればいいじゃありませんか! 「いつでも」ですよ?! 「合わせよう」ですよ?!照れ笑いですよっっ!?! そんなに、そんなにあの人に会いたいなら」
 黒髪がゆっくりと俯いていく。
「あの人の事が大切なら・・隠したりせずに・・。わたしだって・・」
 語尾は周囲の喧噪に消えた。
「ほら、泣かないの。ゼルがきついのはいつものことでしょ」
「でも・・・・。はい・・・・。ふ・・えぐ」
「ま。確かに二人とも「オトナで美人」だったけどさ」
 リナは鎧の彼女と出会った帰り道、古書の彼女を目撃している。カフェにはすでにゼルガディスは居なかったが、ひときわ目をひく美人が古書を携え物憂げに自分達の宿の方を見やっていて、それが夕焼けの町並みの雰囲気と相まってひどく印象に残っていたのだ。後でアメリアから話を聞き納得したものである。
 アメリアはというと鎧の彼女を知らないのだが、リナの様子から彼女のふだん気にしているウィークポイントをカバーした女性なのであろうことは容易に想像できた。すなわち、すらりとのびた肢体、ぼんきゅぼんっとめりはりの効いたスタイル、そしてストレートな素直さと優しさ、それらを兼ね備えた−−−そしておそらくガウリイへ恋心を抱いている−−−女性。
 アメリアはリナの方に身を乗り出した。
「リナさん、心配じゃないんですか?」
「心配って?」
 リナはもくもくと魚のムニエルを食べ続けている。
「もちろんガウリイさんですよ。その人、ガウリイさんのこと、」
「そりゃあ心配よっ。ガウリイの物はあたしの物、だかんね!!」
「や、そーじゃなくって」
「あんたやゼルとおんなじ。たまたまいっしょに旅してただけだもん。あんただって知ってるでしょ。ただの腐れ縁ってやつよ。何かあったら連絡くれるでしょうし」
「・・それでいいんですか?」
「つっこむわねえ。それって何よ」
「ガウリイさんがあの人と旅をするって、決めちゃったりしてもいいんですか?」
「あたしが決めることじゃないもの」
「じゃあ、リナさんは、どうしたいんですか?」
 チキンの刺さったフォークを握りしめたまま、青い瞳がこちらを真直ぐ見つめている。
「あたしは−−−−」
 どうしたいのだろう。
「そーねー。傭兵団のボスになってピンはねするってのも儲かりそうかな−ー!!なんて!」
「・・・・」
「さっさと食べなさい。スープ、冷めちゃうわよ。・・っしゃあっ!これもーらいっと!!」
 リナは叫びつつ威勢良くステーキに手を伸ばした。アメリアもつられて手を伸ばしながら、テーブルに落ちた雰囲気は二人の食事が終わるまで消えることはなかった。
 
 
 偶然出会ったかつての傭兵仲間が美人だったからといって、彼女がガウリイに秋波を送っていたからといって、それはガウリイのせいではないし、ひさしぶりに深い興味を持った遺跡の管理人がたまたま美人だったからといって、それは決してゼルガディスの預かり知ったことではない。
 しかし、彼らの姫君は行ってしまった。
「あーあ。ほんとに行っちまうなんてなあ」
 ガウリイはベッドに横たわり窓枠に足をかけた姿勢でぼんやり外を眺めている。
 傍らのテーブルで古書を広げているゼルガディスからはなんの反応もない。
「なあゼル」
「・・・・」
「なあ。お前、どうするんだ?」
「旦那はどうなんだ」
「どうって」
 ガウリイは戸惑い気味に頬を掻きつつ、
「とにかく・・仕事を終わらせるさ。約束したからな」
 仕事をこなせる相棒が見つからず困っているのだと彼女は言った。リナがしばらくこの町に居ると言っていたからガウリイは二つ返事で引き受けた。それだけである。それだけのことなのにリナは彼を置いて行った。ガウリイとしては理不尽な気がしないでもない。
「なんだってんだよ・・・リナの奴」
 それ以上に心配である。リナの特技は本人がどう言うつもりであれ破壊と事件をもたらすことなのだ。
「妬いたんだろうさ」
「そうかあ?」
 他にもっとわかりやすい素振りがあってもいい気がする。
「そういやアメリアは「うわきもの」って言ってたなー」
「・・俺はまだ調べたいことがある。しばらくここに居るつもりだ」
「しばらくってどのくらいだ?」
「調べるものがなくなるまでさ」
 遺跡で発見された史料は二十年おきに公開されるという。ゼルガディスは、できればそのすべてに目を通しておきたい。次の公開まで自分が自分で居られるかどうか。彼の理性は常に光と闇の狭間を覗き込んでいる。
「俺は仕事が終わったらすぐ出るけど」
 ガウリイが請け負った仕事は近場の森に出る悪党団狩りだった。これがかなり手強らしく、たびたび派遣された盗伐隊がみな返り討ちにあっている。だがガウリイならばそれこそ赤子の手をひねるようなものだろう。
「そうすればいい」
「アメリアが心配するぜ?」
「・・お迎えだ」
 エルフの聴覚に、廊下を歩んでくる小振りなブーツの音と鎧の繋ぎ目が触れ合う微かな金属音が響いた。同時に、扉が遠慮がちにノックされる。
「ガウリイ? 東の街道に出たらしいの」
「分かった」
 ガウリイは左手先で剣を確かめ、ゼルガディスに手を上げた。
「行ってくる」
 ゼルガディスが軽くうなずく。扉の向こうには若い女が立っていた。ガウリイを見上げる、縋るような、今にも壊れてしまいそうな眼差しは、その戦歴を語る使い込まれた武装にはあまりにも不釣り合いに思えた。リナも同じ瞳を見たのだろう。そしてその意味も。
 窓越しに二人を見送って、本を閉じる。
 アメリアにどう映ったのか彼にはよく解らないが、遺跡の管理人という女は報酬として金以外の物を必要とするタイプの人間だった。だからこそ−−−どうしても目を通したい興味深い史料だったこともあって−−−食事だの何だのと彼らしからぬセッティングに手間と時間をかけている。彼女が男の興味をそそるに十分な美貌の持ち主であることは違いなかったが、ゼルガディスにすればそれこそ「ただそれだけのこと」だった。彼は好きでもない女の細かな要求に答えることに自己満足を見出せる種類の男ではない。
 アメリアの勝手だ。
 思う端から彼女の真剣な怒り顔が浮かぶ。
「−−−−誰が、だ」
 苦々しげに舌打ちし、ゼルガディスは古書をベッドに放り投げた。
                      

                

次のページへ

トップへ
小説トップへ