災難
  
             

 未成年者−−−それも考えてみれば微妙な関係にある少女たちだ−−−を連れての旅は男二人にとって意外に気の抜けないものである。ひさしぶりにガウリイと街に繰り出し気が弛んだのだろう。宿に戻った時にはリナたちに約束していた時間は過ぎ、とうに夜半を回っていた。読みかけの古文書の続きが気にかかるが今はけだるさの方が勝っている。明かりをつけるのも億劫で、ゼルガディスは暗がりの中、剣帯を外し、衣服を脱ぎ、椅子の背に投げかけようとまとめて抱えて振り返った。
 そして気づいた。
 ベッドサイドに脱ぎそろえられた小さなスリッパに。
 ゼルガディスは荷物を宙に抱えたまぬけな姿勢のままそれをしばし見つめた。それからゆっくりとベッドに視線を移した。はたして予想通り、アメリアがそこにいた。
 自分を待ちくたびれてしまったのだろう。彼女はこちらに半分顔を向けるようにして、うつ伏せになって眠っている。少女から女へと変わりゆくその年頃特有の匂い立つような曲線美。細い肩が呼吸に合わせて微かに震えていた。胸元から夜目にも白い鎖骨の陰影がのぞき、ほんの少し開かれた唇だけが赤みを帯びて青い闇に浮かんでいる。
 これほど近くまできてなお彼女の存在に気づかなかったのは、時折仲間内から指摘されるアメリアにだけ閾値が高くなっているらしい彼の警戒心の為せる技か、あるいは酔うほどではないにせよ心地よく回っていた酒精のせいか−−−−どちらにせよこの状況が彼にとって様々な意味で危険なのは疑う余地もなかった。
 ゼルガディスは深呼吸すると遺跡のトラップに侵入する際でさえ払わぬほどの注意深さでベッドからそろそろと後ずさった。気配を殺し、かすかな音も立てぬように・・・・それからスローモーションのような動きで衣服を掴み直す。まずは下衣を・・・・
 と。
  
 トントントン
 
 扉が思わぬ音を響かせた。
「ゼル、居る?」
 リナの声だ。ゼルガディスはまだまともに履き終わっていない。
 ノックは容赦なく続く。
「あたしだけど。リナ」
 そんなことはわかっている。ゼルガディスは岩の額にうっすら浮かんだ汗を拭い、ベルトもつけていない上半身裸の姿で素早く扉を開いた。
「あ、ごめん。着替え中だった?」
 パジャマに肩掛けというラフな格好のリナが立っている。
「・・・・・・・・どうした」
「アメリア知らない? 帰ってこないのよ」
 この宿は女二人で部屋を取るとレディースプランとやらでお得なサービスがつくからと、リナとアメリアが同じ部屋にしていたことをゼルガディスは思い出した。
「この時間にあの子が行きそうなのなんてあんたのとこくらいだと思ったんだけど」
「・・・・」
「どこ行ったんだろ。ガウリイの部屋かしら」
「・・・・。・・・・・・いや」
 ゼルガディスは身ぶりで背後を示した。
「えぇ?!」 
 リナが眼を剥く。改めてゼルガディスを上から下まで眺め、彼の肩ごしに暗い室内を見やった後、おもむろに頬を赤らめるとそれこそ聞こえるか聞こえないかの声で、
「・・ゴメン。ジャマ・・しちゃった、かな・・?」
「バカ。違う」
 つられてゼルガディスも赤くなる。
「これは−−−−その。インクをだな。こぼした・・んだ」
 何やら二人してもじもじ俯いた時、今度は隣の部屋の扉が開いた。
 ガウリイだ。かきあげられた金髪からのぞく青い瞳がリナを、それからゼルガディスを映した。
「・・リナ?」 
「アメリアを捜しに来た」
 こちらも酒が入っている。いつになくストレートに見返してくるガウリイにそう答えると、リナに向かい、
「まだ寝ている。起こしたら部屋に連れていく」
 とだけ告げて後ろ手に扉を閉じた。
  
 アメリアは眠り続けている。考えてみればアメリアの寝つきの良さといったらみごとなもので、それこそ爆音でも轟かない限り一度寝ついた彼女が目覚めることなどないのだ。ゼルガディスはため息をつき、水差から水を一杯飲んで、おもむろに机のランプを点した。
「おい」
 声を掛けてみる。もちろんアメリアは動かない。
「こら、アメリア」
「ん・・・・うーん」
 にゅーと眉根を寄せ寝返りを打った。しかしそれだけである。
「起きろ」
 声を大きくし、顔を寄せ、柔らかな頬を軽く手の甲で弾く。
「んん〜〜〜〜〜・・・・」
「アメリア。リナが心配してる。部屋へ戻れ」
「ん・・・・」
「起きろ。でないと本当に−−−−眠れなくなるぞ」
 アメリアが身動きするたび香りが立ちのぼる。シャンプーだろうか。ゼルガディスは誘われるようにシーツに散った豊かな黒髪に腕を伸ばした。
 そして気づいた。
 自分が半裸のままちょうどアメリアにのしかかるような姿勢でいること、その腕の真下でアメリアが今まさに薄目を開けていることに。
 
 青い瞳がぱちっと音を立てそうな勢いで見開かれ、ゼルガディスの静かな動揺の表情を映し出した−−。
     
              

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