ふたり

   

 外でアメリアとガウリイが話をしている。
 アメリアは拳を構えている。ガウリイは抜いた剣を振ったり構えたりしながらアメリアの動きに合わせてやっている。
 アメリアは拳で戦う。持ち前の身軽さと勢いが売りだが防ぎきれない部分も少なくなく、正義が為せないという理由で本人もそれを強く自覚しており、ガウリイ相手にその稽古をしているらしい。
 ガウリイが珍しくリナと一緒にいないのは、当のリナが「隣でイビキかかれたら気が散るから」という理由で彼を追い出したからである。ゼルガディスはリナとテーブルに向かい手に入れたばかりの古文書の解読に勤しんでいるのだった。
 ドラまただのなんだのと物騒な二つ名にかけてはゼルガディスに引けを取らない彼女だが今日はしごく穏やかだ。文章を目線と指で追いながら時折「ふんふん」「なるほどね」などと小声をこぼしつつ訳を書き取ったり赤インクで印をつけたりしている。こうして座っている分にはなんら問題のない年相応の娘である。
 ごつん、と音がした。
 外をのぞくとアメリアが転んでいる。また何もないところで足を引っかけでもしたのだろう。傍でガウリイが笑っている。
「おでこ打っちゃいました〜〜」
 小さくアメリアの声が響いた。
 後は聞こえない。何やら二人でしきりに笑いあっていたが、アメリアが軽く膝を叩きながら立ち上がると、稽古は再開されたようであった。
 アメリアが稽古をゼルガディスに頼むことは少ない。ゼルガディスが古文書解読や遺跡探訪に忙しくしていることを知っているから、彼女なりに気遣っているのである。ゼルガディスの剣技が特異なせいもあった。もともとほとんど独学で会得した剣術の上に今では自身の合成獣という体質を活かした戦い方が身についてしまっているから、一般的な剣の動きを知る相手として彼は適任ではなかった。
 その点ガウリイはこと剣に関して間違いなく天賦の才能を持っている。剣を本職としまた傭兵として幾多の戦いも経験している。何より彼の剣さばきは豊かでまっすぐだった。それは彼がいわゆる騎士として正統な剣の作法を学んだ証でもある。お互い生い立ちなどに興味はないから話をしたことがあるわけではないが、ガウリイがその剣の精神にふさわしかるべき出であろうことは疑いようがなかった。なぜ彼が旅空の下に身をおいているのか考えてみれば大きな謎だが、これまたゼルガディスには興味はない。目の前の栗毛の少女にとってはそうではないに違いないが。
「何よ」
 リナがペンを止めこちらを見ている。
「あたしの顔、何かついてる?」
 なんとなく返事をしにくい。軽く首を横に振って、
「・・・・いや。取り立てて変わったものは、な」
 と答えると、古地図の丸めたもので殴られた。
 ったくオヤジくさいんだからなどと文句を垂れつつ解読に戻るリナを横目に、テーブル上にペーパーウェイトがなくて良かったとこっそり胸を撫で下ろしながらまた視線を飛ばす。
 「とうっ」やら「たあっ」やら景気のいいかけ声の断片が風にのってくる。アメリアもガウリイもこちらを見る様子はない。真剣な表情で間合いを詰めてはまた飛び離れてをくり返している。
 柔らかいというには程遠い午後の陽射しが二人を白く浮かび上がらせている。
「ふーん」
 椅子を曳く音がし、ゼルガディスの視界に黒いショルダーガードが入り込んだ。
「さっきからぼんやりしてると思ったら。あれね」
 窓枠に両手をついてリナが身を乗り出す。眼を細め、
「この暑いのによくやるわ。ガウリイもアメリアも」
「体力自慢のコンビだからな」
「かもね。・・おーーい。ガウリーーイ! アーメーリーアー!」
 かぱっと外の二人がこちらを向く。
「リナ!」
「ゼルガディスさーん!」 
「もうちょっとで一区切りするから、そしたらお茶にしましょー!」
「おう!」
「ゼルガディスさん、がんばって下さいねー!」
「手、振り返してやんなさいよ。あの子いつまでも振ってるわよ」
「すぐに忘れるさ。正義の特訓中だ」
「つまんないの」
 無愛想男の分を軽く振り返し、リナは背伸びをした。
「クラゲでヨーグルトだけど・・・・いい顔してるのよね。こーゆー時だけは」
 外を見やる赤い瞳が、どこか遠く揺らいだ。
「あの二人・・・・何があんなに楽しいんだか」
「あんたでもそう思うのか」
 背伸びをしたままリナがかちりと固まった。
 数秒。
「と、とにかく!!! さっさと終わらせておやつよ!! ゼルもよそ見しないでさっさと読む!!」
 顔を赤らめて席に駆け戻る。
 そんなリナをしばし眺めてからゼルガディスもデスクに向き直り、再びペンを走らせ始めた。
 外からは元気な掛け声が響き続けている。
    
      
  

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