それは、傍に 聖都怒濤の五日間17.5 |
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ホッホッフッフッとリナは夜の森に奇妙な裏声の含み笑いを響かせた。夜逃げのごとく担いでいるでかい袋の中身は、たった今獲物からぶんどってきた戦利品である。
「やっぱ大都市が近くにあると違うわ〜。大漁大漁♪ 金貨1,500枚!!に〜。宝石に〜。マジックアイテムいっぱーい♪に〜・・・延べ棒や魔道書や古文書まで種々雑多!まあ本なんかはほとんどしょーもないやつなんでしょうけど・・・・ふむ。でもこれなんかゼルが舌舐めずりして喜びそうよね。クックック」
ぱらぱらと本をめくっている小柄な影を横目に見ながら、ガウリイは肩に担いでいるさらにでかい袋−−−もちろんこの中身も戦利品だ−−−を背負い直した。
「へ〜え。太っ腹だな」
「何よ」
リナは慌てて怒ったように、売り付けんのよ、当然でしょ、ときっぱり断言して、それから何やらためらいがちに口を閉じる。
明るい夜だった。
虫の鳴声がさざ波のように優しく夜の闇を満たしている。見上げた空には一面の星。すうと光るものがリナの視界の角を堕ちていく。
「あ、流れ星!ほら!」
「ほんとだ」
申し合わせたように二人の足が止まった。
一つ、また一つと、星は流れては消えていく。
「きれいだね」
「ああ」
「・・・ひさしぶりだね。こんな空見るの」
ガウリイはしみじみと目を細めながら、
「そうだなあ。お前、なんだかんだ言って結構夜早いもんな。まるで子供みた−−−−げふっ」
まだ語っているそのみぞおちを強かに殴りつけ、ついでに袋で後頭部をどつき倒すと、リナは自分より三回りほどもでかいガウリイの襟首を引きずるようにして歩き始めた。真っ赤な顔になっているのは御愛嬌だが、いつもならこの後に続く得意の魔法の一発はない。
しばらく沈黙が続いた。
近くにせせらぎでもあるのだろう。かすかに流水の響きがこだましている。
「アメリアっていい子よね」
リナがぽつりと言った。
「?」
「しばらくぶりに会ったけど・・・ほんとにいい子だなと思ってさ」
「ああ」
「可愛いし、素直だし、優しいし、明るいし」
「うん」
「やたら元気だし、異様に頑丈だし、ぜんぜんお姫さまらしくないし。そう、なにより姫なのよ姫!あれでも!姫と言えば超のつくお金持ち!!」
「ははは・・・」
「ねえ」
リナは思いつめたようにガウリイに向き直った。
「・・・ゼルは、・・・ゼルはさ、あの子のこと−−−−」
言いながら俯いてしまう。
「・・・。ごめん。何でもない」
その細い肩をポンと叩いて、ガウリイが吹き出した。
「何でもないって顔か、それ?心配で心配でしょうがないって言ってるぜ」
「言ってないもんっ」
反射的に言い返して、リナはぷいとそっぽを向いた。
「・・・。そりゃ、友達だもの。気になる・・・じゃない。でも・・・だって・・・もう子供じゃないんだし。こーゆーのってほら、やっぱり、その・・・ゼルとアメリアの、二人の問題、だし」
「バカだなあ」
こらえきれず、ガウリイは大声をあげて笑った。
「ば・・・バカぁ?!」
「バカだよ、お前は」
「何よガウリイっ!!あたしは本気で・・・っ」
「だからバカだって言ってんの。本気で心配なら誤魔化すことないだろ。すなおに心配してやればいいじゃないか」
「あのねえ。人にはそれぞれ立場や事情ってもんが」
「リナからそんな言葉を聞くなんてな」
再び顔を真っ赤にして立ち尽くす小さな背中から袋を取り上げると、ガウリイは自分の背中にまとめて担ぎ上げた。
「ま、ゼルなら大丈夫さ」
「どうして?あたしは・・・ジョルジさん、本気だと思う。あの人、本気であの子のことを愛してる。思いつめてる、って言った方がいいのかもしれないけど。だってアメリアは−−−−」
ゼルガディスを慕っているのだ。
本人もいまいち自信が持てぬほど、驚くほど自然に、誰よりも深く。
そのことは一緒に旅をしてきた自分たちが一番良く理解している。・・・と、リナは思う。
だがゼルガディスはどうだろう。
ゼルガディスとアメリアは確かに惹かれあっている。しかしゼルガディスはその頭の良さゆえに、自分とアメリアの距離だけでなく、二人の置かれたあらゆる状況までも見渡すだけの余裕がある。それがかえって命取りになる・・・のではないか。
もちろんリナの読みが正しければ−−−十中八九正しいと踏んではいるのだが−−このことにゼルガディスは気づいている。だがあの男は気づかぬふりをしかねない。リナがゼルガディスと同じ立場ならそうしてしまうかもしれず、腹立たしいことに、二人は表現型において行動パターンが似ることがかなり多いのである。
他の二人の前では絶対に見せない娘の眼差しで、リナは目の前の広い背中を見上げた。
「あの人、胡散臭くてあやしさ大爆発だけど、でもあの子への気持だけは本物だわ。だからもし、・・・その、本気であの子を守りたい、なら・・・ゼルもクールぶってる場合じゃない。でしょ?」
「でもここに居なきゃ意味ないだろ?」
リナは隣を見上げた。真横に並んだので、リナにはガウリイは肩口までしか見えない。
「・・・”ここに”?」
「そ。いくら本気でも、ここに−−−この世界に一緒に居なきゃ意味ないだろ?」
「は?」
「あいつ・・・なんだっけ、ジョーさんだっけか?人間じゃないぜ」
「えええ?!」
爆弾発言である。
「どーゆー意味!?・・・まさか魔族−−−−」
「うまく言えないけど、俺はあの人は死んでると思う」
「はぁ?」
「どうも生きてる気がしないんだ。気配がさ」
もちろんジョルジはゴーストの類ではない。それは確かだ。だが気配に関するガウリイの野生の勘の正確さはクレアバイブルのそれに匹敵する。つまり人智を超越している。
「ちょっとガウリイ!そーゆーことは早く言ってよね!!」
「お前も変だって言ってたじゃないか」
リナとて壁ぬけ男をただの人間と思っていたわけではないが、
「あたしはただおかしな人だなって思ったの!・・・ほんとに人間じゃないなんて、そんな・・・」
「聞いてみるか?」
「?」
「ジョルジさんに」
ずばこっ。
スリッパストラッシュを炸裂させると、肩をいからせてつかつかとリナはガウリイの前に出た。ガウリイも涙目で頭のてっぺんを押さえながら立ち上がる。
「ま、・・・ゼルだってわかってるさ。−−−−あいつの水筒、見ただろ?」
「水筒?」
「・・・ああ。いや、何でもない」
ガウリイに見られた時、ゼルガディスはひどくバツが悪そうにしていた。誰にも知られたくない。本当に大切なものとはそういうものではないだろうか。それが本気であればあるほどに。
小さく苦笑してガウリイは空を見上げた。満天の煌きは手で触れられそうなほどになお美しい。
その下、二人の前方に、やや起伏に富んだ特徴的な稜線が黒くうずくまっている。あの丘を越えればセイルーン・シティは目の前である。
「ちょっと、水筒がどうかしたの?ねえ、ガウリイってば」
「何より大切なものはいつも傍に居るってことさ。だから戦える・・・生きていける」
ガウリイは屈み込み、頬を膨らませた勝ち気そうな赤い瞳の中を覗き込むと、ゆっくり微笑んでみせた。
「な。そうだろ、リナ?」
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