ショコラ


「で…?バレンタインだから、黒崎君と二人で休みを取りたいと?」
「そうそう。二人でバレンタイン休暇vvなんてウットリでしょ?密喜ぶと思うんだよね〜。」
「坊の了解もなしに勝手に有給取ろうとしとるんか、お前。」
「その休日には賛成ですが、坊やは私の主催する(二人っきりの)バレンタインパーティーに招待させていただきます。」
「何でまたお前がいるんだ!」

イベント前恒例の“密会議”が召喚課内では行われていた。
そんなことは知る余地もない密は、仕事を早めに切り上げて人間界へ来ていた。
目的の本屋に行ったあと、行きつけのカフェでお茶なんかしながらぼんやりとしていたところだ。
「…っクシュっ」
急にくしゃみが出た。やだな、やっぱり地上は埃っぽいのかな。そう思いながら、読みかけていた本にもう一度目を落とした。

「だから!何度も言いますが、アンタに有給休暇なんて残ってると思ってるんですか?第一バレンタイン休暇ってなんですか。どうせ、アンタの手作りチョコでもあげようと思ってるんでしょう?」
「せやせや。そんなん、やめとき。坊が腹壊したらどないすんねん。」
「都筑さん、ひどい言われようですね。そうですか、そんなにひどいものを作られるんですか。」
「な…!何だよ!その言い方!俺は密に愛情たっぷりの手作りチョコを…。」
「だからそれをよせっていってるんです。」

文庫本では、すぐに読み切ってしまうと思っていたが案の定だ。
ちょうどコーヒーも飲み終わったことだし、そろそろ出るか。そう思って、密はコートを羽織った。
人気の少ない映画館にでも行こうかと思案しながら勘定を済ませ、店の外へ出る。
外気に当てられたせいか、背筋に妙な悪寒を感じた。
おかしいな、さして寒くもないのに。と首を傾げたが、ま、いいか。とあっさり頭を切り換えて、大通りを目指して歩いていった。

「よし。本当のことを言おう。いいか、みんな、よく聞いてくれ。バレンタインに密が職場に来る。そしたら何が起こる?」
「まぁ女の子達に囲まれてチョコレート攻撃にあうんやろなぁ。」
「そうですね、去年もすごかった…。」
「去年…。去年、坊やのロッカーに入れて置いたチョコレート。食べていただけたでしょうか。」
「アンタ、いつのまに…。」
「そう!女の子にチョコをもらう!中には告白をしてくる子もいるはず!もしその子が泣き落としなんて使って、密のハートをゲットしたら!俺はもう、それを考えただけで今から眠れない毎日なんだぁぁぁ!」

ぶらぶら歩いていると洋菓子店のウインドウにチョコレートがディスプレイしてあるのが目に留まる。
ああ、今年もこの憂鬱な時期が来たのか、と少々ブルーになる。
バレンタインデーに懸ける女の子達のパワーはすごいとしか言いようがない。はっきり言って怖いとさえ感じる。まあ、考えたところでエックスデーは来るのだ。諦めよう。
そう思いきることにして、更に歩く。
「今日何か面白い映画やってんのかな。」

「だったら閻魔さんにゆうてバレンタイン禁止にしてもらったらええやん。」
「それはダメー!俺もチョコがもらえなくなるから!」
「どっちにしろ、一緒に休んだらもらえないじゃないですか。」
「ああっ!そうだった〜!!」
「都筑さん、まだまだ甘いですね。」

面白そうではなかったがフランスの映画が上映していた。どうせ暇だし。
そう、何気に入った映画はなかなか面白くて、何だか得した気分だった。さて、帰って夕食の準備でもしよう。と思った瞬間、声をかけられた。
「密?」
どこか聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはあの、水無瀬聖が立っていた。
「うわ、なつかしっ。何やってんだよ?」
あまりの偶然に密は声をなくした。よく見ると、聖はすっかり大人になっている。ちょっと胸が痛んだ。
「あのさ、今ちょっと俺時間ないんだ。だからえーと…。」
そう言って、あわててバッグから取り出した手帳をめくった。
「14日の夕方!会えないかな?」
依然と少しも変わらない調子で、メモに電話番号を走り書きして渡してくる。
「あ…っと。でも、迷惑かな。」
そんな聖の様子が嬉しくて、密はそのメモを受け取った。
「迷惑じゃない。じゃあ、明後日。」
聖はにっこりと微笑むと大きく手を振って走っていった。

密がゆっくりと聖が懸けていった方向と反対へ歩き出した頃。
召喚課では。
「じゃー。せめて残業なし!」
「ダメです!」
「俺が坊誘って飲みにでも行ってくるわ。」
「いいえ、私がパーティーに…。」
「何言ってるんですか、黒崎君には家庭の味が必要です。私が作ります。」
「…えぇい!埒があかない!こうなったら…っ!」
「やるのかー!!」
例によって優秀なはずの死神たちと優秀なはずの外科医のちっとも優秀でない戦いが火蓋を切って落とそうとしていた。

END

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