彼岸花……、別名、死人花。 それは、9月、お彼岸になると田や土手の近くに咲き出す花。 血のように赤く、綺麗な花だ。 しかし、その花を自分のモノにしようと手を触れ、その茎を折ろうとすると。 たちまちその汁にかぶれてしまう。 その球根でも食しようとすれば、死に至る場合もあるという、毒花だ。 では何故そんな綺麗な花が毒を出すようになったかというと、それはずいぶん昔の話になる……。
彼 岸 花 -シ ビ ト バ ナ- 田んぼが続く田舎道。車などまだ開発されてなく、自動で走る機械など夢の中のモノだった頃。 周りを見渡せば畑仕事に精を出す者、背中に乳飲み子を背負いながら水仕事をする者、小さい子から大きな子まで一緒に駆け回って 遊ぶ姿が目につく。 ここはそんな小さな村である。 「カルマー、カルマー!!」 そんな小さな村の片隅で、この世のモノとは思えない程綺麗なプリズムパープルの髪を揺らしながら、1人の少年が走っている。 年の頃は16、7、だろうか?屈託のない笑顔で家の中で静かに座っている20前後の青年に話しかける。 「カルマ、見て!ぼく山の中でこんな綺麗な花を見つけちゃった!!」 外見に合わない幼い口振りで、手に持っていた山百合を青年に手渡した。 「綺麗な花ですね。シグナル君1人で見つけたんですか?」 カルマと呼ばれた青年は、優しく微笑みながらその花を眺め、気が付いたように少し眉をひそめた。 「天候が悪いのに1人で山に入ったんですか?……山には危険な毒花がありますから、綺麗だからと言って簡単に取っては危ないですよ」 と、厳しい口調で言う。彼のことを心配してのことだろう。 「それに、お花だって生きてるんですから、その命を奪ってはいけません」 綺麗な金髪を揺らしながら、そう言い聞かせる。 「……ごめんなさい。…カルマにどうしても見せたかったんだ…」 本当にすまなそうな顔で謝る。天真爛漫な彼には似合わない表情だ。 『見せたかったから』なんてコトをそんな顔で言われたら、もう怒るわけにはいかない。それに、もともと怒ってもいなかった。 「ですが、私のために綺麗なお花ありがとうございます。一輪挿しに入れて飾りましょう」 絶世の美貌でそう微笑む。そして、シグナルを家の中へと手招きをした。 ……カルマは歩けない。 彼の母親は体が弱く、カルマを産んだ直後に亡くなっていた。 そんな母親に似たのだろうか、カルマもまた生まれたときから体が弱く、4の年ぐらいの頃に歩けなくなった。それ以来カルマはずっと家の中で過ごしてきた。友人という友人も、シグナル1人だけだった。 その理由はというと、この国の人間には絶対あり得ない金髪と碧の瞳のせいである。 その髪の色と美貌、そして家に籠もりきりというところから、カルマへの色々な噂や、陰口が村では飛び交う。 「鬼の子だ」「あれは災いの元だ」「あれの親はあれが食べてしまったに違いない!」 と、数え上げればきりがない。 本来そんな噂からカルマを守るべき役割の父親は、カルマの母親が亡くなってから悲しみにうち暮れ、いつの間にか家を出て行っていた。 追いかける術もなく、たった1人で村人達の非難や中傷へ立ち向かっていかなければならなくなったカルマの前に現れたのが、シグナルである。 いつの間にか目の前に現れた、自分と同じ——この国の人間にはない髪、そして瞳の持ち主。 高く結わえた弾む紫の髪。いつか家まで来た商人に見せて貰った紫水晶にそっくりな瞳。 村で飛び交う私の噂を、「関係ないよ」と言ってくれた。「カルマはカルマだろ?」と笑ってくれたのは彼だけだった。 その太陽のような眩しい笑顔に私は惹かれ、私に出来る限りのことをしてその笑顔を守ろうと思った。 貴方の笑顔を曇らせまいと……。貴方の側で、その笑顔を見ていたいから。 ……それでも、もし私が貴方の側を離れたときに、貴方に悲しんでもらいたいと願う…そんな私は我が侭ですか? 「カルマ?どうかした?」 どこか遠くを見ているようなカルマに、シグナルは話しかけながらその視線を辿った。 視線の先にあったのは、田。すっかり穂をつけて後は刈り込むだけになった稲だった。しかし、その稲は様子が少し変だった。ここ数日続いた凄い量の雨と風のせいでそれらは皆倒れていたのだ。 「……農家の人達大変だよね……」 その光景を見てシグナルが漏らす。 今日は雨は降っていない。が、ずっと曇りでいつ降ってもおかしくない。その雨で近くにある川から水が溢れそうで、今にも洪水になりそうな雰囲気だ。 それを、「龍神様のお怒りだ」、と村の人達が騒いでいるのを彼は知っているのだろうか。 なかなか収穫作業が捗らないことや、もしかすると今年は収穫ができないのではないかという事で大騒ぎしている村人。 そんな村人達が決めた、1つの事柄を……。 「ええ、大変ですよね……」 だから、いいのだ。困っている人を助けられるなら、自分の命など……。 そう思って、カルマは自嘲的な笑みを漏らした。 「——それより、お茶、飲みませんか?お茶菓子にシグナル君の好きなこしあんのお饅頭もありますし」 ——申し訳程度に村長が持ってきたお饅頭が……。 「わーい。食べる食べる♪あ、僕お茶入れるね」 |