●らいおんハート○By.御影 聖良様○ ○●○●○●○●○●○●○● 二人の逢引の場所。 二人だけの時間。 例えばそれはお揃いのマグカップだったり、大きな一つのベッドだったり。 ささやかな幸せはここそこに満ち溢れている。 「早く来て————、オラトリオ…」 淡い若草色のソファに深く腰掛け、シグナルは堪らずに呟いた。 このソファも二人しか座れない、二人だけのソファ。 仕事が常に山積しているオラトリオ。世界各国を巡っては、日々を忙しく立ち回っている。 無論、そんな彼には一日にあるプライベートな時間など、ごく僅かな訳だが、ここ最近は毎日のように自分と過ごしてくれている。 現実空間で逢えないのなら、せめて国境の無い電脳空間で———— そう考えたオラトリオは、現実空間にあるコンピュータで公共空間に私的空間を展開し、更にそれにプロテクトをかけ、 仮想空間を作る事によって、誰からも知られる事の無い二人だけの『場所』を作った。 シグナルがここへ潜入しようとすると、オラトリオがプログラムしたナビゲーションシステムが作動し、 自動的に不可視の建物の中へ這入る事が出来る。 中へ這入ってしまえば、後はオラトリオ以外何者も侵入不可能になるのだ。 このシステム自体が、何処となくオラトリオに包まれている気がして、シグナルは微笑みでその顔を形取る。 だからこそ、この部屋に独りで居る時は酷く辛い。 二人で共有しているものがある故に、沢山の思い出がこの部屋にあるが故に、逆に独りで居る時は、むざむざとその現実を突き付けられる。 寂しさのあまりに、気が狂いそうだ。 「オラトリオ…」 名を呼んでみても、彼は答えてはくれない。 誰も居ない部屋で、シグナルの呟きだけが微かに響いた。 二人になればすぐに、他愛も無い話をして、共に夜食を摂り……————— 「!」 その時、シグナルの願いは言霊となって届けられた。 シグナルの目の前でグラフィックが形成されていく。それは次第に、『兄』の姿に成り代わっていく。 やがて、シグナルより二周り以上大きな身体を持つ兄、オラトリオがシグナルの目の前に現れた。 「オラトリオ」 オラトリオは微笑むシグナルが視界に入っていないのか、無言でシグナルを抱き締めた。 「ちょっ…、オラトリオ!?何だよ!いきなり…」 シグナルが抗議の声を上げ、身を捩り抵抗を試みても、オラトリオは一向にシグナルを抱擁する腕の力を緩める事は無かった。それどころか、益々力を込めてくる。 「……んっ……」 無理矢理唇を重ねられ、シグナルはなす術無くそれを受け入れるしか無かった。 何時もとは違う、強引な口付けから解放されたシグナルは、暫時呆然と視線を宙に漂わせていた。 頬が桜の花弁のように薄く色付いている。 胡乱な瞳がオラトリオを捉えた時、漸くオラトリオから笑みが戻ってきた。 「よ、シグナル」 満面の笑みで、オラトリオはシグナルの髪を両手で乱暴に掻き混ぜた。シグナルは我に返っても、 憤慨するでもなく、抵抗するでもなく、只、眉根を寄せてオラトリオを見詰め返すだけだ。 時たま、こう云う事がある。 何時もならシグナルを散々からかった後、近況を互いに話し、オラトリオが出してくれる料理に舌鼓を打つのだが、ごく偶に部屋に着いた途端、シグナルを無言で抱き締める。 始めのうちは、シグナルも『オラトリオの気紛れだ』と思っていたのだが、きつい抱擁を受けた後の オラトリオの顔を確り見たシグナルは、それが単なる気紛れでは無い事を知った。 「……何かあったのか?オラトリオ」 オラトリオはシグナルに構わず、オープン型のキッチンに這入り皿を取り出しては、今日の献立を考えているようだった。 「待てよ!オラトリオ」 「ん?シグナル君は今日何が食べたいのかな?」 オラトリオは空惚けて、シグナルの心配を余所に、微笑み乍らメニューのリクエストを訊いてくる。 <ORACLE>に設置されているものと似たキッチンのカウンターを激しく叩きつけ、シグナルはとうとう、怒鳴り散らした。 「ぼくがオラトリオの事心配しちゃいけないのかよ!?悩みを話すには、ぼくじゃ全然頼りないって云うのか!?」 「シグナル…」 「オラトリオ…、話してよ。ぼくでも、せめて聞く事ぐらいは出来るからさ…」 シグナルが真摯な眼差しでオラトリオを見据え、オラトリオのコートの裾を軽く掴んだ時、オラトリオは何食わぬ顔で、シグナルの前に料理の乗った皿を差し出した。 「シグナル、今日の夕食は舌平目のムニエルでいいか?」 「オラトリオの馬鹿っ!!」 まるで癇癪を起こした子供の様に、シグナルは差し出された皿を弾き、床に叩きつけた。 陶器の割れる厭な音がした後、二人の間に僅かな沈黙が訪れる。 シグナルの大きな双眸は涙で潤み、視界がぼやけてきた。オラトリオの姿が涙で歪むと、それが余計に悲しくなり、シグナルの紫の瞳から涙が堪え切れずに流れ出てくる。 同時に今まで心の奥底に仕舞い込んできた思いが、口をついて溢れ出てきてしまった。 「ぼくが『弟』だから?ぼくが子供だから?こんな奴に話す悩みなんか無いって、そう思ってるんだろ!…どっ…どうせ、ぼ…くなん、か」 「すまん」 オラトリオは素直に謝罪の言葉を述べると、シグナルの頭をカウンター越しに抱え、自身の胸に押しつけた。そのまま、シグナルの柔らかな髪をゆっくりと梳る。 「ごめんな」 二度目の謝辞が聞こえてくると、シグナルはオラトリオの胸の中で嗚咽を洩らし始めた。震える肩を強く抱いて、オラトリオはシグナルの髪の中へ顔を埋める。 ほとぼりの冷めた頃、シグナルは慙愧に顔を赤らめ乍らも、オラトリオを振り仰いで呟いた。 「侵入者…、来たのか…?」 シグナルの予想もしなかった一言に、オラトリオは決まりの悪そうな顔をすると、膝の上で抱いているシグナルを更にきつく抱いた。 溜息と共に微苦笑を浮かべ、目だけで頷く。 「やっぱり…、辛いの…?」 「ん〜、なんつーかな。その点については克服したつもりなんだがな…。侵入者が来るとどうしても、お前を抱き締めたくてしょうがなくなる」 正直に発せられた言葉に、シグナルの顔はすぐさま紅く染まりあがる。 如何ともし難い、つかえたようなオラトリオの思いと、先般のオラトリオの言葉が嬉しくて、シグナルの心境は何とも複雑に絡まり合い、混乱寸前に陥った。 その心を知ってか知らずか、オラトリオはシグナルの顎先を持ち上げ、嬉しそうに云った。 「お前は俺の『薬箱』だからな♪」 「は?なんだよ、それ」 訳が解らずに、シグナルはオラトリオに悪態を吐こうとしたが、それより数秒早く、オラトリオの唇がシグナルのそれを軽く塞いだ。 抵抗してやろうかとも思ったのだが、繰り返されるオラトリオの優しい口付けが気持ち善くて、シグナルは静かにそれを受け入れた。 例えば、寂しくて仕様が無い時とか、例えば一人で居る事が怖くなったりした時とか。 どんなに不安に感じても、それは到って簡単な事で。 一人が厭なら、相手の傍に居れば善いのだ。 オラトリオの寝顔を前にして、シグナルは虚ろな目をしたまま、その事を考えていた。 だから、 「どんなにオラトリオが呆れても、ぼくはオラトリオの傍に居るんだからな————」 小さく呟いた後で、襲いかかってきた睡魔に逆らう事無く、シグナルはそれに身を委ねた。 瞬く間に、シグナルの小さな寝息が静寂をささやかに破る。 そして、シグナルの頭へ伸びてきたオラトリオの手。 「ばぁか。お前が厭がってもぜってー離れねぇぞ、俺は」 ねぇ、 ————どんな風に癒してくれる? |
「夢幻の住人」の御影聖良様が我HPに来てくださったときに踏んでしまった逆キリ番1234のリクエスト小説です。 オラシグです!!オラシグですよぉ!!樹碧、オラシグ好きですv お互いがお互いを求め合っていて、切ないような甘い小説ありがとうございますvv シグナルみたいな薬箱なら欲しいです(笑) 御影様、ありがとうございましたvvv |