プレゼント


 その日聖地は雪が降っていた。
 しんしんと絶え間なく降る雪を手で受け止めて少女は瞳を輝かす。
「明日には積もるかなぁ?」
「きっと積もるぜ」
 一人だと思ったのに少女の呟きに答える者がおり、少女は目を丸くして振り向いた。
「ゼフェル様」
「よぉアンジェ」
 片手を上げながらアンジェリークの隣に並び空を見上げる。
 アンジェリークと同じように手で雪を受け止める
 雪はゼフェルの手の暖かさでたちまち溶けて無くなった。
「積もりますか?」
「ああ多分な」
 やけに自信ありげなゼフェルにアンジェリークは小首を傾げた。
「陛下が言ってたんだよ。『クリスマスといえばホワイトクリスマスね!』って」
 庶民出の女王はお祭好きで年間のイベント、バレンタイン、七夕、誕生日・・・etcを率先してやる質なのだ。
 それだけならまだしも凝るものだからすごい。
 バレンタインには守護聖達にチョコを配り、七夕には笹の葉を飾り、気温までその通りにしてしまうのだから。
「ジュリアスとロザリアに小言言われてたけどこりゃめげてねぇな」
「楽しい方ですよね」
 クスクスとアンジェリークが楽しそうに笑う。
「おめーもホワイトクリスマスってのが好きそうだよな」
「はい、好きです」
 アンジェリークはふわりと笑って答える。
「だって何だか本当にサンタさんが来そうじゃないですか」
「サンタねぇ」
 幼い発想だがそれがアンジェリークらしくてゼフェルはくすりと笑った。
 しばらく二人で降る雪を見ていたがやがてゼフェルが口を開いた。
「なぁ、おめーサンタがいるとしたら何がほしいんだ?」
「え・・・」
 突然の質問にアンジェリークは戸惑ったようだが素直に考え込んだ。
「ん・・・と。私の欲しいものは・・・」
 真剣に考え込んでしまったアンジェリークにゼフェルは苦笑する。
 小首を傾げて眉根を寄せる姿が可愛らしい。
「ねぇのかよ」
「あるんですけど・・・買えないものなんです」
「買えない物?何だよそれ?」
 まさか身長じゃ・・・などと間抜けなことを考えつつ先を促す。
「それは・・・」
 なぜか頬をほんのり染めてアンジェリークが答えようとした時「おーい」と呼びかけながらランディが駆けて来た。
「ゼフェルこんなとこにいたのか。明日のクリスマスパーティに使うツリーの電飾をやってほしいんだって陛下が探してたぞ」
「ああ?勝手にやればいいだろ」
 アンジェリークの答えを聞き損なったゼフェルは不機嫌そうに口を尖らす。
「ダメだよ、ご命令なんだから」
「てめっ。離せ、ランディヤロー!」
 ランディは無理やりゼフェルの腕を掴むとずるずると引きずるように連れてった。


☆ ☆ ☆
「買えない物か・・・」
 ゼフェルは地下室にこもって先ほどのアンジェリークの謎かけのような答えを思い返していた。
「これじゃぁダメだよなぁ」
 作りかけの天使の羽根の付いたキーホルダーに目をやる。
 いつでも持っていてほしくてアクセサリーじゃなくキーホルダーにしたのだ。
「うー一体何なんだよ!」
 ゼフェルは髪をかきむしる。
 クリスマスにはアンジェリークの本当に好きな物をあげたい。


 そしてクリスマス・イヴ。
 パーティ会場は賑やかだった。
 人出で溢れる会場をキョロキョロと見渡しアンジェリークを探す。
 アンジェリークは丁度女王と補佐官に挨拶をしているところだった。
「アンジェ」
 挨拶の終わったアンジェリークに声をかけるとアンジェリークはほっとしたような笑顔でゼフェルの元に駆けて来た。
「ゼフェル様」
 ゼフェルはポケットに入れておいたプレゼントに触れた。
 「買えない物」の正体が分からず結局あのキーホルダーになってしまったが・・・。
「疲れたんじゃねぇか?」
 慣れないヒールとドレスに身をつつみ慣れないパーティに出るのは精神的にも体力的にも疲れるだろう。
「ちょっとだけ・・・。でも楽しいです」
 アンジェリークはにっこり笑った。
 その笑顔に疲労が見えてゼフェルは思い切って言った。
「なぁ、ちょっと抜け出そうぜ?」
「え!で、でも」
 戸惑うアンジェリークの手を取る。
「レイチェルがどうにかしてくれるだろ」
 と勝手に決め付けアンジェリークを外に連れ出す。


「うわぁ、庭園まで飾られてたんですね!」
 庭園にやってきたとたんアンジェリーク歓声を上げた。
 イルミネーションにアンジェリークの瞳が輝く。
 それを見ていたゼフェルは得意そうに鼻の下をかいた。
「これ、ほとんどオレがやったんだぜ?」
「すごいですね。とっても綺麗です」
 イルミネーションの中で笑うアンジェリークがいつも以上に可愛くてゼフェルの胸が高鳴る。
「おめーにやりてぇもんがあるんだ」
 ポケットから小さな箱を取り出しアンジェリークに渡す。
「これ・・・可愛い」
 中身を見たアンジェリークが嬉しそうに微笑んだ。
「おめーの欲しいもんと違うかも知れねぇけど・・・クリスマスプレゼントってやつだ!」
 テレ臭くてそっぽを向きながら言う。
 アンジェリークは大切そうにゼフェルからもらったキーホルダーをしまうと違う物を取り出した。
「これ、私からクリスマスプレゼントです」
 アンジェリークから渡された包みを開くと中から皮の手袋が出てきた。
「エアバイクに乗るときいいかな・・・って思って」
 不安そうに上目遣いで見上げてくるアンジェリークを安心させるために微笑んで手袋をはめてみせる。
「サンキュ。ありがたく使わせてもらうぜ」
 アンジェリークは嬉しそうに微笑んだ。
 二人の目の前に白いものがふわりと落ちてきた。
「雪ですね」
「陛下のやつまだ降らす気かよ」
 呆れたようなゼフェルと嬉しそうに頬を上気させるアンジェリーク。
 黙って雪を見ていたが突然ゼフェルがアンジェリークを抱きしめてきた。
 突然のことに真っ赤になって何も言えないでいるとゼフェルの掠れた声が聞こえた。
「おめーってあったけぇな・・・」
 アンジェリークもおずおずとゼフェルの背中に手を回して頬を寄せる。
「ゼフェル様もあったかいですよ」
 しばらく何も言わず二人は互いを暖めあっていたがふとゼフェルが気付いたように言った。
「そういや、おめーの本当に欲しいもんって何なんだ?」
「私の欲しいのはもう頂きました」
「え!」
 思いもよらぬ言葉にゼフェルが声を上げる。
 アンジェリークは頬を染めるとにすると幸せそうにゼフェルに微笑んだ。
「私の欲しかったのは・・・」
 アンジェリークが真っ赤になって俯く。
 ゼフェルにささやくように小声で言った。
「あなたと過ごす二人っきりのクリスマス・・・」

 

〜fin〜