ハッピーバースデイ


 「・・・出来たー!!」

可愛いラッピングに包まれた小箱の前で、少女は歓声を上げました。

 彼女の名は、アンジェリーク。

間もなく新しい宇宙の女王(又は女王補佐官)になる予定の女の子です。

目の前の小箱は、明日誕生日を迎える、鋼の守護聖ゼフェルへのプレゼントみたい

です。

「あー・・やっと・・やっと、出来たわ。・・間に合って、良かった—。」

元々、不器用な彼女ですから、このプレゼントのラッピングには、ずいぶんと時間が

掛かったようです。

何と言っても、今の彼女には一番気になる人の誕生日ですから。

「ゼフェル様、喜んで下さるかしら?・・・。」

アンジェリークは、少し不安そうな顔で目の前のプレゼントを見ています。

「いらない、なんて言われたら、どうしよう・・・。」

恋する女の子は皆さん、ちょっと臆病になるみたいです。

「ううん!あのゼフェル様が、そんな事言うはずないわ!!」

おや、立ち直りましたね?何か根拠でも?

「だって、ゼフェル様って、すっごく優しいもの。」

・・・本人が聞いたら、顔を真っ赤にして否定しそうですけど、この際、言わせておきま

しょう。

「王立研究院からのレポートを落としたときは、夜遅くまで一緒に探してくれたし、そ

の前ルヴァ様の私邸の側で迷子になった時も、直ぐに助けに来てくれたし、それか

ら・・・」

・・・彼女は、少ーし、鈍くさい、いえ・・オッチョコ・・もとい、のんびりしているようです

ね。

「それに・・・」

おや?何だか顔が紅いですね。

「それに、先週の日の曜日に、森の湖で私に・・・」

なに?!私に、何をしたって?

「いやんっ!はずかしい!!」

え゛・・・恥ずかしい事?そ、それって・・・。

「うふっ。私の事、可愛いって、言ってくださったの。」

・・・。

「初めてお会いした時は、何て恐い方だろうって思ったけど、今では私の一番、好き

な人、なんだもん。」

・・・。

「だから、明日のお誕生日に、少しでいいから私の気持ちが伝わるといいけど

な・・・って思う。」

小さな手を握り締めて、決意しているアンジェリークです。

でも、気付いて無いんですねー。どうして、彼女が困っている時に、いつもゼフェルが

現れるのかって事。

普通、偶然というのはそんなに何度もないでしょう?

彼女は、のんびりさんの他に、鈍感でもあるようです。

「さ、明日の為に、今日はもう眠りましょう。」

アンジェリークはそう言うと、さっさとベットに入り、すぐに眠りに就きました。



<次の日・マルセルの私邸>

「おめでとう!ゼフェル!!」

「オメデトウ御座います、ゼフェルさま。」

マルセルの私邸で、ゼフェルのバースデイパーティーが、開かれています。

もちろん、アンジェリークも、プレゼントを持って出席しています。

見れば、本日の主役のゼフェルは、特設のステージの上に、雛人形よろしく、座らせ

られていました。

いつもの不機嫌な顔が今日はいつもに輪をかけて、無愛想になっています。

一緒にやって来たレイチェルは、そんなゼフェルを見て大爆笑。慌てて、アンジェリー

クは止めましたが、時既に遅し。

「・・・だーっ!!やってられっか!!」

いきなり立ち上がったゼフェルは、周りの静止を振り切って、ステージから降りてしま

います。

「ひどいよ、ゼフェル。折角の主役の席なのに。」

「そうだぞ、ゼフェル。主役は主役らしく、大人しくしていなきゃ。」

「イーじゃないですか、中々似合ってましたよ、お雛様みたいで。」

無責任な声が回りから上がります。

「・・・じゃあ、てめーが、やってろ!」

ゼフェルは、某守護聖を突き飛ばし、そのままマルセルの私邸から駆け出していって

しまいました。

「あ、ゼフェル様・・・。」

呼び止めた、アンジェリークの声は聞こえてもいないようでした。

しかし、普段は大人しい、アンジェリークですが、今日だけはこのまま、という訳には

いきません。

何と言っても、プレゼントどころか、おいわいの言葉さえ言えていないのですから。

「あれー?アンジェリークは?」

レイチェルが気が付いたときには、すでにアンジェリークの姿はどこにもありませんで

した。



<森の湖>

「・・・ここにも、いらしゃらない。」

飛び出したゼフェルを直ぐに追いかけたアンジェリークでしたが、元々、彼女があまり

素早いわけではないのと、ゼフェルが素早すぎるせいで、完全にゼフェルを見失って

しまいました。

「どうしよう。まだ、おめでとうも言っていないのに・・。」

アンジェリークは、肩を落としながら、水面を見つめていましたが、そのうちに、先日、

ロザリア補佐官に聞いた話を思い出しました。

「会いたい人を思い浮かべて、滝に祈れば良いんだっけ・・。」

それは、この湖にまつわる伝説でした。

アンジェリークは早速、滝の前で、目を閉じて、ゼフェルの名を呼んでみる事にしまし

た。

「・・・・ゼフェル様・・・ゼフェル様・・・・フェル・・・様・・・ゼ・・・様・・・様・・・・・ゼ・・・・

フェ・・・」

何十回、唱えた頃でしょう。アンジェリークは、ふと、背後に人の気配を感じ、目を開

けて、振り向きました。

「!!!ゼッ・・ゼフェル様っ!!」

なんと、そこに立っていたのは、ゼフェルではありませんか。

アンジェリークは、焦りまくって尋ねました。

「っ・・あのっ・・いつから、そこに?」

すると、ゼフェルは、少し紅くなりながら答えました。

「いつって・・その・・おめーが滝の前で、目ーつぶって、おれの名前を唱えだしたとこ

からかな・・・。」

「そっ・・それじゃ、最初っからじゃないですかー。」

「ま、そーなるか。」

照れたように、目線を外すゼフェルですが、口元がにやけるのは、抑えられないよう

です。

「ゼフェル様、ひどい・・・。」

思わず涙目になってしまうアンジェリークです。

「なっ・・泣くんじゃねーよ、おれのせいじゃねーだろーが。」

「・・っ・だって・・。」

「だって、何だよ?おめー、まさか俺に、あの恥ずかしいステージに、ずっと座ってろ

とでも言う気かよ?」

「それは・・・」

「けっ!大体、お誕生日なんて、俺のがらじゃねーっつーの」

「で、でも・・・」

「でもー?まーだ、何か文句があんのかよ!」

「だって・・・だって、私・・・う・・ふぇ・・えっ・・」

ゼフェルの言葉に、とうとうアンジェリークは泣き出してしまいました。

「お・・おいっ・・ちょっと待て!」

ゼフェルは慌ててフォローに入りますが、一度溢れ出した涙は、もう止まりません。

「っく・・折角・・っく・・お誕生日・・っのに・・プレッ・・・ント・・だめ・・て・・っく・・う・・

え・・っ・・」

始めは言い訳していたゼフェルですが、目の前でアンジェリークに泣かれるのには、

とことん弱いようで、

「わ・・判ったよ、おれが悪かった。だから、もう泣くなよ、な。」

アンジェリークの頭を撫でながら、一生懸命になって、慰めます。

おずおずとした手の動きに、泣いていたアンジェリークの気持ちも徐々に落ち着いて

きました。

「・・ごめんなさい・・泣いたりして。」

小さく謝ると、ゼフェルは笑いながら、

「ったく、おめ—は、っとに泣き虫だよな。でも、ま、おめーなら、いーけどよ・・・。」

と、言いました。

「え・・?」

「だーっ!!聞き返してんじゃねーよ!」

紅くなってますね、ゼフェル・・・。

つられて、アンジェリークも、紅くなってしまいます。

「とっ・・とにかく、俺はおめ—の、そういうとこも、嫌いじゃねーってことだ!判ったか

よ!!」

怒鳴るように言われても、言われた意味は伝わったようで、アンジェリークは嬉しそう

に、ニッコリと微笑みました。

「はい。で、あの・・・ゼフェル様・・これ。」

アンジェリークは、ずっと抱きしめていた、プレゼントを差し出しました。

「あ・・さんきゅーな。そんじゃ・・これは、その・・お返しだ。」

ゼフェルはそれを受け取ると、アンジェリークの頬に、そっと口付けました。

「まあ・・その、何だ。おれは、おめ—の事、その・・す、好き、だからな!」

「・・・ゼフェル様。私も、私もゼフェル様の事、大好きです。」

二人の影は、もう一度寄り添い、その後は、ずっと離れませんでした。



                       おしまい