X’mas Angel


枝の所々に結び付けられた、赤いリボンや金色の丸いボールやミニサンタクロース。
 色とりどりに瞬く電飾。
 毎年クリスマスが近づく頃、庭園に立つ約束の木が色を帯びる。


 ある日の真夜中、眠りに落ちるタイミングを逃してしまったゼフェルは、私邸からこっそり抜け出し庭園に足を運んだ。
 ライトアップされクリスマスツリーへと移り変わった約束の木は、昼間見る時とはまた違った雰囲気を醸し出している。
 彼は入り口付近で立ち止まったままそれをてっぺんまで見上げ、彼女を想う。
“クリスマスにはあいつと一緒にこれ見にくっかな”
 いくらクリスマスと言えども、真夜中の庭園に女王候補である彼女を連れ出す事は時間的に無理があるのだが、ゼフェルからの誘いならどんな事でも受けてしまう彼女は、おそらくふたつ返事でOKを出すだろう。
“これ見たらあいつ、すっげぇー喜ぶだろうな”
 彼女のふんわりと笑った表情を浮かべるとあたたかい気持ちに包まれるようで、彼の顔には満足げな笑みが溢れていた。
 不意に、静まり返っている夜の庭園にオルゴールのメロディが響き渡る。
 ツリーを見上げ彼女を想っていた彼の耳にも、聞き馴染みのある曲として届く。
 忘れる筈もないメロディ。
 2人は聖地で運命的に出逢い、互いの胸に恋心が芽生えた。
 先に想いを告げたのは彼女。
 同じ想いでいた彼だったが、照れて素直にそれを言葉に出来ない代わりに、彼女の為だけに手作りしたオルゴール。
 Yesの気持ちを込めて手渡した。
 そんな大切な思い出が詰まっているメロディを奏でるそれを持っている者は、1人しかいない。
 ゼフェルは真夜中の庭園に彼女の存在を感じ、メロディのする方へ視線を注ぐ。
 その瞳には、闇に浮かび上がるツリーを正面にしてベンチに座り、スローテンポになったオルゴールを手にしながら微笑んでいる彼女の横顔を捕らえた。
 ふわふわっとしたやわらかそうな素材の、真っ白なタートルネックのワンピース。
 栗色のストレートな髪の毛には、ワンピースと同じ色のリボン。
 ツリーの電飾が彼女に反映し、チカチカと瞬く。
 瞳に映ったその姿は、紛れもなく彼女 ——ゼフェルの恋人—— なのだが、その背中に天使の羽を見た気がして声をかけられず、ツリーの下で微笑む彼女に見惚れていた。
 しばらくしてメロディがやみ、再び夜の庭園に静寂が訪れる。
 彼女は手にしていたオルゴールの蓋を閉め、それを優しくベンチに置いた後ゆっくり立ち上がった。
 そのまま真っ直ぐ歩み、ツリーの真正面で立ち止まり空を仰いでいる。
 華やかなそれの前で、彼女も夜の闇にくっきりと浮かび上がった。
 その様子を少し離れた場所からみつめていたゼフェルは、彼女がその場から軽やかに飛び立ち、自分の目の前からいなくなってしまう錯覚に襲われた。
「・・・・・・アンジェ・・・・・・」
 不安になり、ようやくか細い声で彼女の名を口にする。
 それでも不安は解消されず、再度彼女の名を叫び、駆け寄る。
「———————————————アンジェリーク!!!」
 羽ばたいて行ってしまわないように後ろから力を込めて、細い身体を自分の腕に抱き締めた。
「・・・ゼフェル様!?」
 彼女の驚いている声。
 腕の中に感じるぬくもり。
 その背中に、もう羽はない。
 手を伸ばせば届く場所に彼女がいるんだと、自覚する。
 アンジェリークを直に感じ、やっと安心した彼が囁く。
「・・・・・・何でもねぇよ」
 彼女を捕らえている腕に少し力を加えてから、続ける。
「何でもねぇけど、おめーなんでこんな真夜中の庭園に、しかも1人で来てんだよ。あぶねぇーだろ?」
 いつも彼女を心配する時、言い方が乱暴だった。
 しかし、すばらしく綺麗なツリーに酔ってしまったのだろうか?
 今のゼフェルは、とても優しげな口調で彼女を気にかけている。
 トクントクン・・・。
 優しい問いかけに彼女の鼓動は素直に加速する。
 火照った鼓動のまま、後ろから回された彼の腕に自分の手をそっと添え、答えを返す。
「・・・ご、ごめんなさい。でも・・・飾られている約束の木が夜になると、どんな風になるんだろう、って考え出したら眠れなくなってしまって見に来たんです。・・・本当はゼフェル様とご一緒しようと思ったんですけど、もう眠ってらっしゃると思ったから・・・」
「何オレに遠慮してんだよ? いくら寝てたっておめーの誘いだったら飛び起きてどんな事にでも付き合ってやるよ」
「・・・でも、次の日のお仕事に何か支障があったら・・・・・・」
「そんなヘマはしねぇよ。そんな事より、おめーに何かあってからだとオレがどうなっちまうかわかんねぇからな」
「えっ?」
「おめーになんかあって、オレが暴れ出したら止められる奴いねぇじゃん。そうなると困るだろ?」
「ふふ。ゼフェル様ったら」
「あ。冗談だと思ってんな〜?!?! マジでおめーになんかあったら、オレ正気でいられる自信ねぇからな! だからこんな夜中に出歩く時はオレを誘えよ! 手ぇくらい繋いでてやるからさ」
「はい。ありがとうございます」
 2人の掛け合いが続いたのち、アンジェリークは微笑み少し後ろを向き彼の方へ顔を向けた。
「わかりゃーいーんだよ」
 その顔に返事をし、少しだけ自分の方へ向けられている白い頬に自分の唇を落とし、彼女がその頬を紅潮させている事に気づかない振りをして、告げる。
「ちょっと早いクリスマスになっちまったけど、やっぱり当日に見たいだろ?だからまた2人でこれ見にこよーぜ!」
「はい」
 返事をした彼女の顔には、幸せそうに満面の笑みが浮かんでいた。


  ——————— Happy Merry Christms!
             2人の幸せが永遠でありますように———————

〜fin〜