ハート一杯のチョコ


 世間でバレンタインで騒がれている頃聖地ではいつも通りの日常があった。聖地の男達はバレンタインというものは関係無し、という者とそういうイベントがあるのが知らない者、知っていてももらえるのが当たり前なので不安も期待も無い者がいた。聖地にいるほとんどの者がドキドキもソワソワもしていなかった。が、下界の男達と同じようにドキドキソワソワ落ち着かない少年が一人いた。
「おっはよーございまーす!」
「おはようございます」
 まだ早い時間、ゼフェルの執務室に二人の女王候補が揃ってやってきた。
「よー、二人揃って育成に来たのか?」
 ゼフェルは内心期待していたが、何食わぬ顔で尋ねる。
「違いますよ。これどうぞ!」
 レイチェルがゼフェルの目の前に青い袋に白いリボンの掛かった物を出した。
「私も・・・これ受け取ってください」
 アンジェリークは恥かしそうに赤い袋に黄色のリボンのついた物を出した。
 期待していた物が目の前に出されゼフェルは嬉しさがこみ上げたが必死になって仏頂面をする。
「お世話になってるので義理チョコです!」
「へ?」
 レイチェルの言葉にゼフェルは間の抜けた声をあげてしまった。
「お世話になっている皆さんにお配りしているんですよ」
「そうなのか?」
 とレイチェルにではなくアンジェリークに尋ねると、アンジェリークはコクンと肯いた。
「ええ。これから学芸館の方に行くんです」
 駄目押しのアンジェリークの説明にゼフェルは喜びから奈落に落とされるのを感じた。
 無理矢理作っていた仏頂面を本気の仏頂面に変えて二人に向かって追い払うように手を振った。
「用が終わったらとっとと帰れよなー。オレは忙しいんだ」
「分かりましたよ!アンジェ行こ!」
 レイチェルがムッとした顔になるとアンジェリークの手を掴み執務室を出て行く。
「失礼しました」
 アンジェリークは丁寧に頭を下げて出て行った。

 

☆ ☆ ☆
「ゼフェル!」
 騒々しくゼフェルの執務室にやってきたのは同僚のランディとマルセルだった。
 二人はわくわくと言った顔でゼフェルの目の前にあるチョコレートを目ざとく見つけた。
「ゼフェルももらったんだね!」
「俺とマルセルももらったんだ。バレンタインチョコ。お世話になってるからってさ。何かテレちゃうよな!」
 嬉しそうな顔でマルセルとランディが交互に言う。非常に楽しそうな二人とは正反対に暗雲を背負った顔でゼフェルがうんざりと言った。
「義理だよ!義理!」
「でも嬉しいじゃないか」
「そうだよ。ね、中見てみようよ」
 と言いながらもマルセルはガサガサと包みを開いている。ランディも早速包みを開きに掛かった。しばらくすると・・・、
「うわぁおいしそう〜」
 マルセルの開けた包みの中には小さなチョコが沢山入っていた。アンジェリークの方には丸型、レイチェルの方は四角いチョコが詰まっている。
「ホントに美味しいぞ!」
 二人の歓声にゼフェルは気を引かれそちらを見た。二人ともすでにチョコレートをつまんでいる。
「形だけじゃなくて味も微妙に違うみたいだ」」
 ランディの説明の通りレイチェルのチョコはアーモンド入り、アンジェリークのチョコは一見何も入っていないように見えるが違う種類のチョコが入っているらしい。
「ね、ね、ゼフェルのも見せてよ!」
 マルセルがワクワクと聞いてきた。
「勝手に見ればいいだろ」
「ダメだよ!ゼフェルがもらったんだからゼフェルが開けないと」
「そうだぞ」
 二人して諭されゼフェルはしぶしぶアンジェリークのチョコの包みに手を伸ばした。
「どーせおめーらと同じもんだよ」
 ふてくされたようにブツブツいいながらリボンを解く。
「どうせギリだろうからな」
 拗ねたように口を尖らせながら包みを解く。中から出てきたチョコレートは・・・、
「うわぁハートだぁ」
「本当だ。可愛いなあ。良かったな!ゼフェル」
 ランディとマルセルがクスクス笑ってゼフェルをベシベシ叩く。
 ランディとマルセルには普通の丸いチョコだったのだがゼフェルのはハートの形をしている。たくさんの小さなハートが詰まっている中身を見てゼフェルは顔を赤くした。
「オレのだけ・・・か?」
 赤くなりながらハート型のチョコレートをつまむ。
「当たり前だよ!ゼフェルは本気チョコなんだね」
 マルセルがニコニコと言う。
「羨ましいぞ!ゼフェル!!」
 ランディが拳で軽くゼフェルを小突く。
「うるせー」
 と言いながらゼフェルは嬉しさを隠しきれず頬が緩んでしまう。
『オレが気付かないままだったらどうすんだよ』
 ゼフェルの手の中にあるハートチョコを見つめてくすっと笑った。きっとこれが内気な少女の精一杯の告白なのだろう。

 

〜fin〜