聖地 in パニック4


「ゼフェル様からどんなお返しが来るか楽しみだねー♪」

 宮殿に向かう道でレイチェルが至極楽しそうに言った。アンジェリークの方は複雑な顔で

笑う。

「でも私チョコレートあげた記憶もないのに・・・」

「あげたってば! 私と一緒だったよ。『ぜふぇるちゃま、きょうねばれんたいんなんだっ

て』って言いながら渡してるの見たもん」

 その時のアンジェリークの口調を真似ながら言うとアンジェリークは真っ赤になって俯い

た。

 その時の記憶が無いアンジェリークはホワイトデーになってもピンとこなかった。

 バレンタイン当日に子どもになってしまい予定が狂ったのは何もゼフェルだけではない。

アンジェリーク自身、思いきって告白しようと思っていたのだ。

『ゼフェル様も今日告白しちゃえばいいのにねー』

 いつまでたってもはっきりしない二人にレイチェルもイライラしていた。

「早くゼフェル様のとこいこ!」

 レイチェルはアンジェリークの手を引っ張って宮殿に走った。

 

☆ ☆ ☆

 守護聖の執務室が並ぶ階まで階段を上ると何やらドタバタと走りまわる音が聞こえてき

た。

「ぎゃはははは」

 という子どもの笑い声に混じり、

「いけませんよ〜ゼフェル〜」

「止さぬか!」

「こら!」

 などなど廊下に守護聖達の声が響いている。アンジェリークとレイチェルは顔を見合わ

せると声のするほうへ急いだ。

 

「どうしたんですか!?」

 二人が向かうといつも静かな廊下は大騒ぎになっていた。辺りには丸まった紙や紙飛行

機がちらばり壁や廊下にはインクで落書きされている。紙飛行機を持った子どもが楽しそ

うに走り回りそれを止めようと守護聖達が捕まえにかかるがすばしっこいものだから捕ま

らない。その子どもとは言うまでもなくゼフェルだった。幼児になったゼフェルは鬼ごっこで

遊んでもらってるつもりなのかきゃっきゃっと声を上げて走り回っている。

「ゼフェル様!?」

 アンジェリークがゼフェルの姿を見て声を上げる。アンジェリークに気付いたゼフェルは

嬉しそうに瞳を輝かすと手に持っていた紙飛行機を放り投げて駆け寄ってきた。

「アンジェッ」

 嬉しそうに抱き付いてきたゼフェルを戸惑いながら抱っこする。ジュリアスが疲れた顔で

アンジェリークに言った。

「そなたが来てくれて助かった。戻るまでゼフェルについててくれないか」

「はい。あ、でも今日は学習に行く予定でした」

 アンジェリークが困ったように言うとジュリアスは考え込んだ。周りを見回し、アンジェリー

クに抱っこされておとなしくしているゼフェルを見、ため息をつきながら言った。

「学芸館の方へは私から連絡しておく。ゼフェルも連れてってくれ」

「はい。分かりました」

 コクンと頷くとゼフェルの手を引いて学芸館に向かった。

 

☆ ☆ ☆

「これは・・・」

 そう言ったっきりゼフェルを見たままヴィクトール絶句してしまった。ゼフェルはアンジェ

リークの制服のスカートにしがみついて怯えたようにヴィクトールを見ている。

「噂には聞いてたが、本当に小さくなるんだな」

 ヴィクトールはゼフェルの頭を乱暴に撫でるとゼフェルはビクッとした。

「ゼフェル様大丈夫ですよ。ヴィクトール様はお優しい方ですから」

 アンジェリークが言うとコクンと肯いた。

「いい子だ」

 誉められ嬉しいのかはたまた頭を撫でられて嬉しいのか、ゼフェルはにっと笑う。

「おめー怖い顔だけどいいヤツなんだな」

「そうですか?」

 ヴィクトールも笑うと講義を始めた。

 

 次の感性の執務室ではさすがにセイランも驚いたのか一瞬言葉を失った。が、いつもの

表情に戻るとゼフェルをまじまじと見て言った。

「へぇ・・・。噂は本当だったんだ。全く聖地はたいくつなところだと思っていたけどそうでもな

いようだね」

 くっくっと笑う。ゼフェルは自分が笑われてると思ったのか口を尖らした。

「笑うなっ」

「こんなに小さくても口調はあのゼフェル様だね」

 クスクス笑うとセイランはゼフェルの前にスケッチブックとクレヨンを出した。

「ゼフェル様、アンジェリークの学習中、これでお絵描きしててください」

 ゼフェルは素直に受け取ると早速広げてその場に座り込み描き出した。

 

「さて、今日の学習はここまで。感性はかなり上がったよ」

「ありがとうございます」

 アンジェリークはニッコリ笑ってお礼を言うとゼフェルの方を向いた。ゼフェルは何時の

間にか大の字になって寝ていた。

「ゼフェル様ったら」

「どうやらいくつになってもゼフェル様にとって僕の執務室は寝心地が良い場所のようだ

ね」

 セイランも苦笑する。

「君、ティムカのところへ行くんだろう? ゼフェル様はしばらく寝かせておくといいよ」

「え? いいんですか?」

「早く行かないと僕の気が変わるけど?」

「はい、それじゃお願いします」

 アンジェリークは慌てて頭を下げると急いでティムカの執務室へ向かった。

 

「こういう場合は・・・」

 ティムカの講義にアンジェリークは真剣な表情で聴いている。が、きょとんと目を丸くする

と小首を傾げた。

「今・・・ゼフェル様の声が・・・」

 と言ったとたん執務室のドアがノックされた。

「はい」

「びぇぇぇぇ〜〜〜」

 ティムカがドアを開けた瞬間ゼフェルの泣き声が聞こえてきた。

「ゼフェル様の目が覚めたんだけどね。アンジェリークがいないと気づいたとたんこの様だ

よ。悪いけど僕には面倒見切れないから」

 疲れた顔でセイランは説明するとゼフェルをティムカに押し付けた。

「アンジェをどこに隠したんだよぉ」

「ゼ、ゼフェル様、誰もアンジェリークを隠してませんよ」

 ティムカがオタオタしながらゼフェルの頭を撫でて説明する。

「ゼフェル様!」

 アンジェリークがゼフェルの元に駆け寄るとゼフェルはぐしぐしと泣きながらアンジェリー

クに抱き付いてきた。

「アンジェッオレを置いてくなよなあ」

「ごめんなさい」

 アンジェリークがしゅんとして謝るとゼフェルは泣き止んだ。拗ねたように口を尖らすとア

ンジェリークの手を引っ張った。

「帰ろうぜ。ここつまんねぇよ」

「でも・・・」

 困ったように首を傾げるとティムカはニコニコ笑って言った。

「あはっ今日の講義は充分ですよ。品性は・・・あまりあがりませんけど・・・安定度は上がり

ましたから」

「はい。ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げるとアンジェリークはゼフェルの手を引いて学芸館を出た。

 

☆ ☆ ☆

 宮殿に戻るとゼフェルは真っ先に自分の執務机に向かった。引き出しを開けてゴソゴソ

している。

「ゼフェル様?」

「あった!」

 アンジェリークが不思議そうに見ているとゼフェルは歓声をあげた。嬉しそうに笑ってア

ンジェリークにポンとリボンの付いた箱を渡す。

「今日はホワイトデーなんだぜ!」

「ありがとうございます。ゼフェル様ホワイトデーご存知なんですね」

 アンジェリークが嬉しそうに頭を撫でながら言うとゼフェルは首を振った。

「オレ知らない。オリヴィエが教えてくれたんだ! 今日は好きなやつにお菓子を上げる日

なんだろ? オレ、アンジェが好きだからやったんだぜ!」

 微妙に意味が違ったがアンジェリークはゼフェルの告白(?)に嬉しくてぎゅっと抱き締め

た。

『ゼフェル様が17歳だったら良かったな』

 嬉しくはあったがやはり普通の状態のゼフェルに言ってもらえなかった残念さもあり複雑

なため息を吐いた。

 

〜fin〜