ルージュ


 パタパタという足音は新宇宙の女王の私室の前で止まった。コンコンとノックされ顔を

出したのは女王補佐官であり女王の無二の親友でもあるアンジェリークだった。

「それじゃ、行ってくるね」

 嬉しさを隠しきれない様子でアンジェリークはにこにことレイチェルに言った。

「行ってらっしゃーい」

 毎週土の曜日の恒例となった挨拶にレイチェルはヒラヒラと手を振りながら答えたが、

アンジェリークの手に収まっている箱に目が止まった。それは綺麗にリボンがかけられ

明らかに「プレゼント」といったものだ。

「何? それ?」

 指差したずねるとアンジェリークは嬉しそうに答えた。

「今日ね、ゼフェル様のお誕生日なの」

「へぇ」

 肯いたレイチェルはアンジェリークの顔をしげしげ見てにっと笑った。

「それじゃ、さ。おしゃれしなくちゃ!」

「このカッコウ、変かな?」

 不安そうなアンジェリークにくすっと笑う。好きな人の前では可愛くいたい、綺麗でいた

いという気持ちが伝わってくる。素直で優しい親友のことがレイチェルは大好きだった。

「それでも充分可愛いよ♪ でももっと綺麗になれるよ」

 不思議そうなアンジェリークの手を掴んでレイチェルは鏡台の前に座らせた。

 鏡台の引き出しを開け、中から一つの口紅を取り出した。レイチェル愛用の赤い口

紅だ。

「これ塗るの?」

「そう」

 キャップを外しアンジェリークの唇に近づけるとアンジェリークはしり込みをした。赤い

顔をしてぷるぷると首を振る。

「私似合わないからいいわ」

「そんなことない!」

 レイチェルは強気に言い放つ。

「ゼフェル様喜んでくれるよ。やっぱり自分の彼女が綺麗だと嬉しいしね」

 ゼフェルの名前が出たとたん逃げ腰だったアンジェリークが反応した。口紅をじっと見

て考え込んでいる。レイチェルを不安そうに見上げてどうしようかと迷う瞳をしていたが

恥かしそうに言った。

「塗ってみよう・・・かな?」

「そうこなくちゃ!」

 レイチェルは「やった」という顔をすると再度アンジェリークを鏡台の前に座らせた。

 

☆ ☆ ☆

 待ち合わせの場所、庭園の噴水前に立ちアンジェリークは落ち着かない気分だった。

 皆の視線が自分の唇にあるようで恥かしい。アンジェリークは噴水に自分の顔を映し

て見た。

「やっぱり唇だけ変に浮いてるみたい・・・」

 大人っぽいレイチェルならよく似合うが童顔な自分には赤い口紅は似合わない気が

する。

「よ、待たせたな」

 背後でゼフェルの声が聞こえアンジェリークはどきっとした。とっさに口を手で覆い振り

向く。

「どうした? 気分でも悪ぃのか?」

 口を手で押えているせいかゼフェルは心配そうに顔を曇らせた。アンジェリークは首を

振って否定する。

「違うんです」

「じゃぁどうして口おさえてんだよ?」

 ゼフェルに聞かれアンジェリークの困ったように首を傾げたが、ゼフェルの口が不機

嫌そうにへの字になったのに気付き思い切って手を下ろしてみた。

 露になったアンジェリークの唇を見てゼフェルは目を丸くする。そして今度はゼフェル

の方が赤くなる番だった。

「やっぱり似合いませんか?」

 呆然としているゼフェルに不安気にたずねるとはっとしたような顔をした。ゼフェルは

むっとしたように横を向き、ボソッと言った言葉は・・・。

「全然似合ってねぇ」

 自分で似合ってないだろうと思ってはいてもやはり人から面と向かって言われるとショッ

クだ。ましてやそれが好きな人からだったらなお更傷付く。

 アンジェリークは後のことを何も考えずに手の甲で口を拭っっていた。

「おめーそんなことしたらっ」

 ゼフェルが慌てて止めた時にはすでに遅く。口紅は無理矢理擦ったせいで伸びてしま

い頬まで赤く染めていた。

「あ〜あ・・・なんつーことすんだよ」

「う゛〜〜〜だって・・・似合わな・・・って・・・ふ・・・え〜ん」

 アンジェリークはとうとう泣き出してしまった。ゼフェルは困り果ててしまう。困ったから

といってアンジェリークをそのまま放っておくわけにいかずかなり恥かしかったが人目か

ら隠すようにアンジェリークの肩を抱き庭園を出た。

 

☆ ☆ ☆

「あれあれ、アツアツだね☆ お二人さん♪」

 もうすぐ森の湖というところでからかう声がかけられた。ゼフェルはげっと思い足を止

めた。確認せずとも声の主が分かってしまう。

「オリヴィエ・・・」

 会いたくないヤツに会ってしまったと言わんばかりの表情で振り返る。にやにやと笑っ

ていたオリヴィエはアンジェリークの様子に気付き真剣な顔になった。

「ちょっと、アンジェどうしたのさ?」

 アンジェリークの顔を見て吹き出さなかったのはさすがだろう。

「あ〜あ・・・」

 オリヴィエは仕方ないなというように肩を竦めてアンジェリークの頭を優しく叩いた。

「あたしの家に来な。そのままでいるわけにいかないでしょう」

 オリヴィエの言葉はゼフェルにとってありがたく聞こえた。

 

☆ ☆ ☆

「はい、これで顔を洗っておいで」

「はい・・・」

 か細い声で応えるとアンジェリークは洗顔石鹸を持って顔を洗いに言った。口紅を落と

すだけならいいのだが泣いてしまったものだから涙の後まで消さなくてはいけない。

「ごゆっくり〜」

 手を振ってニコやかにアンジェリークを見送ったオリヴィエだったが扉が閉まったとこ

でゼフェルに向き直った。

「さてと、ワケを聴かせてもらおうかね」

 口元だけで笑い、目が真剣なオリヴィエにゼフェルの背中を汗が伝った。

 

「ふぅ」

 顔をタオルでポンポンと軽く叩いて水を拭く。鏡を見て口紅の後がないことを確認し、

ほっと息を吐いた。

『そんなに似合わなかったのかなあ』

 せっかくのゼフェルの誕生日なのに落ち込んでしまった。きっとゼフェルにも嫌な思い

させてしまっただろう。

 アンジェリークはとぼとぼと歩きながら笑えるように口元を上げてみる。これ以上ゼフェ

ルを気分悪くさせたくないから。せめて今からでも楽しく過ごしたい。

 オリヴィエの家のリヴィングの扉を開けようとしたら声が聞こえてきた。

「そんなこと言ったらアンジェリークが傷付くのは当たり前でしょう!」

「しょーがねぇだろ!? だ、だってよ・・・テレ臭かったんだよ!」

『え?』

 そっと扉を開けて中を見ると耳まで真っ赤になったゼフェルがオリヴィエに食ってかかっ

ていた。

「恥かしいったって他に言いようがあったでしょう?」

「今まであいつ化粧なんてしたことなかったのに予告もなく口紅なんて塗ってくるから・・・

あんなの付けなくったって十分・・・可愛いのに・・・」

「ったく、そういうことは本人に言いな」

 オリヴィエは呆れ顔で扉を大きく開けてアンジェリークをゼフェルの前に出す。ゼフェル

はアンジェリークに気付いていなかったのかぎょっとするとさらに赤くなり、背を向けてし

まった。

「あんた達ちゃんと仲直りしなさいよ」

 オリヴィエはそういうと部屋を出ていった。残された二人はお互い赤くなってもじもじして

しまう。

「ゼフェル様、ごめんなさい」

 アンジェリークの申し訳無さそうな謝罪にゼフェルが振り返った。

「ゼフェル様のお誕生日だったのに・・・」

「いや、オレの方も悪かった。おめーがオシャレしたのにあんなこと言っちまって」

 そういうゼフェルの視線が自分の唇にあると気付き急に気恥ずかしくなりアンジェリー

クは手の平で隠した。

 恥かしそうに赤くなり口を覆ってしまったアンジェリークにゼフェルはくすっと笑いそっと

手を離させる。

「あんなのしなくったっておめーは可愛いんだからな・・・」

 ゼフェルはアンジェリークのピンク色の唇にそっと口付けた。

 嬉しくて泣きながらアンジェリークは持っていたプレゼントを渡した。それを受け取りゼ

フェルはテレ臭そうに鼻の下をかきながら言った。

「おめーの誕生日には真っ赤なのじゃなくてピンクの口紅やるぜ」

 

〜fin〜