プレゼント


「会いたい・・な。」
 アンジェリークはポツリと呟くと、自分が凭れていた扉を見つめた。
——時空移動の扉——
 新宇宙の女王である彼女なら、この扉を開くことは簡単な事。
 彼女は、これまでにも何度か、この扉の前に来ては、溜息をついていた。
 この扉の前で想うのはただひとつ。
 銀色の髪、紅い瞳。
「会いたい・・・。」
 女王試験の間、ずっと手助けしてくれた人。
「・・でも、何しに来たんだって言われちゃうよね・・・。」
 ぶっきらぼうな口調で、でも本当は優しい人。
「・・・。」
 誰よりも愛しい人。
「ゼフェル様・・・。」
 鋼の守護聖。
 この扉の向こうに彼が居る。そう思うだけで、彼女は直ぐにでもこの扉を開けて、彼の元へ行きたい気持ちになる。
 だが、会いたいと思っているのは多分自分だけなのだ。
「・・言えばよかった。」
 告白する勇気が出せずに新宇宙の女王になることが決定し、彼女は今ここに居る。
 即位式の日、泣きそうな瞳の彼女に彼は言った。
『言いたい事もあったけど・・‘おめでとうございます‘・・これで、いーんだよな。』
「・・・忘れなきゃ、ね。」
 暫く扉の前に佇んでいた彼女は一つ大きな溜息を吐くと、くるりと背を向けて、その部屋を後にした。


「ちょっと、大丈夫?アンジェリーク。」
 執務室に入ってきた彼女を見て、補佐官のレイチェルは少し慌てた声をあげた。
「・・え?何が?」
「何がって・・貴方、ひどい顔してるよ?何かあったの?」
「やだなー。何にも無いよー。」
 心配そうな顔で尋ねるレイチェルに、にこりと微笑むと彼女は執務に取り掛かる。
「アンジェ・・・。」
 ここに来てから彼女が時々思いつめた顔をしているのを知ってはいるのだが、自分には何も言ってくれない。
 大体の事は判っているのだが、彼女が何も言ってくれないのではどうしようもない。
 それを少し寂しく思いながら、レイチェルは仕方なく、自分も仕事に戻る事にした。
 カタカタカタ・・。
 暫くレイチェルのキーボードを打つ音だけが部屋に響いていたが。
「ねぇ、アンジェ・・・。」
 ふと思い出すようにレイチェルが話し出す。
「ん?なあに?」
「もう直ぐクリスマスだね。」
「あ、そうだね。もうそんな季節なんだ。」
 聖地と同じように二人の居る、この宮殿も温度などは一定に保たれており、季節感という物は無いに等しい。
「折角だし、思いっきりおしゃれして、パーッとやろうね!」
「もう、レイチェルったら・・。でも、そうだね、楽しみだね。」
 少し明るさの戻った様子のアンジェリークにレイチェルは、嬉しそうに話を進めていく。
「んー、やっぱケーキとターキーは外せないしー。あと、オードブルにカナッペでしょ?それから・・・」
 レイチェルが沈んでいる自分を元気付けようとしてくれている事が嬉しいと思った。
 そして、自分にはこんなにも大切な友達が居るのに元の宇宙に行きたいと思ったことが、ひどい裏切りに思える。
 アンジェリークはゼフェルの面影を自分の中から無理やり追い出した。


—それから数日後。
 今日はクリスマスイブ。
 アンジェリークの目覚めは最低だった。
 朝方の夢にゼフェルを観てしまった。
 此方を向いて手を広げる彼の方へ行こうとするのだが、何故か足が動かないという夢。
 必死で手を伸ばすが彼はどんどん遠くへ行ってしまう。
「・・・夢の中で位、近くにいたいのに、な・・。」
 重い気分で寝台から降り、身支度を整えていると、いきなりドアが開いた。
「きゃっ!・・って、なんだ、レイチェルかぁ。どうしたの?そんなに慌てて。」
 ノックも忘れるほど慌てている様子に、アンジェリークが尋ねると、レイチェルは勢い込んで答える。
「じっ・・時空の扉がっ・・と、とにかく、一緒に来て!!」
 なにが何だか判らないまま、レイチェルに引き摺られるように連れて行かれるアンジェリークだった。
 そのまま時空の扉の前にたどり着く。
「この扉がどうかしたの?」
 アンジェリークが尋ねた途端、扉が大きく叩かれる音がした。
「なッ・・何?」
 驚くアンジェリークに、レイチェルは言った。
「開けて見れば?」
 事も無げに答えるレイチェルに慌てるアンジェリーク。
「そんな・・簡単に言わないでよ、これ時空の扉なのよ?何が向こうに居るかも判らないのに・・・。」
「いーの、いーの。ほら、早くあけなってば。」
 妙に楽しそうに答えるレイチェルだった。
 そう言っている間も扉は叩かれつづけている。
 アンジェリークは渋々ながら扉に手を掛けた。
 女王の力によって封印されていた扉が少しずつ開かれて行く・・。
 恐る恐る扉の向こうを覗き込んだアンジェリークの瞳に、見る見る涙が浮かんでくる。
「ゼフェルさ・・ま・・。」
 両手いっぱいに花を抱えた鋼の守護聖は「よう。」と、短く声を掛けると、少し紅くなった顔を誤魔化すように横を向いてしまった。
「ね、開けてよかったでしょ?」
 からかうようなレイチェルの声にアンジェリークは頷く。
「あたしからの、クリスマスプレゼントだよ。今日はこっちの宇宙の事は忘れて楽しんでおいで。」
 そっと背中をゼフェルの方へと押し出された。
「言いたい事、全部、言っちゃうんだよ?ね。」
 そして扉は閉まり、後はゼフェルと二人だけになる。
「ゼフェル様・・・。」
 会えなかった日々の想いを伝える言葉を捜してアンジェリークはゼフェルを見詰た。
「好きです・・。ずっと、ずっと・・好きで、会いたくてっ・・・」
 言葉の続きはゼフェルの唇に止められる。
 きつく抱きしめられたその後で、「俺の方が、もっと会いたかったんだぜ?」と、耳元で囁く声が小さく聞こえた。


 それから暫く経った後、新宇宙で一人のクリスマスを過ごすレイチェルの所に爽やかな風が吹いたらしい。
 風の持ってきたメッセージは、「私からも、クリスマスプレゼントをおくるね。」だった。

 

〜fin〜