落し物


 ちゃぽん…。


 小鳥達の囀りが聞こえる森の湖から魚のはねる音が響き渡った。
 湖の近くの木によっかかって寝ていた、栗色の髪をしたアンジェリークはその音に気付きゆっくりと目を開いた。
 木々の間から入り込む陽の光に目をしばめる。
 小さい手で目をこすってゆっくりと立ち上がると、湖のすぐ近くに、以前とは違うものがある事に気付く。


「これ…一体誰のなのかしら。」
 そこには、1つのペンダントが落ちていた。
 アンジェリークはその場にしゃがみ込み、そのペンダントを両手で優しく包み込んだ。
 しかも、ペンダントは結構新しい。
「持ち主をさがしましょう。」
 アンジェリークはそう言ってすっと立ち上がり、ぱたぱたと走っていった。


 庭園近くに来たアンジェリークはまずここで情報を得る事にした。
 今日は平日だが、庭園に誰1人としていないわけがない。
 息抜きついでに来ている守護聖や、協力者達がよく足を運ぶ場所の1つでもあるのだ。
 そう考えたアンジェリークは、まずカフェテラスへと向かった。
 カフェテラスにはアンジェリークの知っている人物は1人としていなかったが、かわりに仲のいいカップルと店のウェイトレスがいた。
「もしかしてこの中の誰かのかしら…。」
 と、ふと考えたがそれはあるはずがない。
 いつもここでデートしているカップルにいつもここで働いているウェイトレスだ。
 さっき森の湖に足を踏み入れた可能性など無に等しい。
 アンジェリークはしゅんとして女王像の前へと歩いていった。


「ここには誰もいないみたい…。」
 そこに1人もいない事を確認して、東屋へと向かっていく。
 東屋の屋根が少しずつ見えてきた時だった。
「きゃあ!!」
 突然何かにつまずいたのか、アンジェリークはぐらっと体制をくずした。
「おっと…。」
 ぎゅっと目をつぶったアンジェリークだったが、誰かに体を支えられた事に気付き、おそるおそる目を開けた。
 するとそこには…
「ゼフェル様…。」
 アンジェリークがずっと恋焦がれているゼフェルがいた。
「この、バカッ!!おめーはただでさえトロいんだからよ!!気をつけろよな!」
 さっと体制を取り直したアンジェリークにゼフェルが怒鳴る。
 アンジェリークはびくっと肩をゆらし、俯いた。
 どうしよう…ゼフェル様きっと私に呆れてるわ…。
 下を向いていると、空色の瞳から涙がぽつりと落ちた。
 その涙を止めることができないままなきじゃくっているアンジェリークを見て、ゼフェルはきょろきょろと周りを確かめ、アンジェリークの頭にぽんっと手をのせた。
「だーっ、泣くんじゃねーよ。俺がこーゆう性格なのおめーが1番分かってるだろっ第一俺が怒鳴ったのは別におめーが嫌いとかそんなんじゃなくて…あー…その、なんだ?おめーが気になって仕方ないっていうか…あ?オレ何いってんだ??」
 精一杯フォローしていたゼフェルだが、自分の言った事が恥ずかしくなったらしく顔を真っ赤にして頬をかいている。
 そんなゼフェルの姿にアンジェリークは嬉しくなって顔を上げ、いつものように優しくほにゃっと笑った。
「ったく、おめーはいつもそんな顔しとけばいいんだよっ!」
 ゼフェルはいつもの調子を取り戻し、アンジェリークの頭をくしゃくしゃっとなでた。
「はい、ゼフェル様。」
 アンジェリークはまたほにゃっと笑った。
「…で、何でこんな所にいるんだ??」
「あ…。」
 ゼフェルに聞かれてはっとしたアンジェリークは両手にあるペンダントに目を向けた。
 ゼフェルもそのアンジェリークの視線をなぞるようにアンジェリークの両手を見る。
「あっ!!何だよこれオレのじゃねーかっ!!」
「えっ??」
 アンジェリークの両手からさっとペンダントを取り、ゼフェルはにやっとしてアンジェリークを見た。
「おめーに言い事教えてやるよ。このペンダントはな、実はロケットになってて中にはこのオレのだーい好きなやつの写真が入ってんだぜ。気になるかよ?」
 ゼフェルはアンジェリークの前にペンダントをぶらさげた。
「好きな…人…?」
 アンジェリークは一瞬頭の中が真っ暗になったのを感じた。
 恋焦がれてたゼフェルに好きな人がいたのにショックを受けたのだった。
 まぶたが熱くなり、さっきとは比べようのないくらいの涙が押し寄せてきた。
「なっ!!おめー何で泣くんだよ!!」
「だって…ひっく、ゼフェル様に好きな人がいたなんて…うぇっ…。」
 ゼフェルは「はぁ?」っとすっとんきょうな声を上げた。
「いいか、よく聞けよ?おれの好きなやつはおめーなんだよっ!!」
「え…?」
 泣きじゃくっているアンジェリークの前でペンダントを開き、ゼフェルは横を向いた。
 アンジェリークが鼻をくしゅっとすすってペンダントの中を覗き込んでみると、笑っている自分の写真がはってあった。
「ゼフェル様…。」
「オレ、ずっとおめーの事が好きだったんだ。試験でおめーが落ち込んでんのみたりすっとオレまで落ち込んじまって…気になって気になってしかたねーんだ。おめーがオレの事を好きかどーかはわかんねーけど…。オレとずっと一緒にいてほしいんだよっ。」
 ゼフェルはペンダントを閉じ、ぎゅっと握り締めてアンジェリークを見つめた。
「あの…私もです…。私もゼフェル様が…好き…。」
 アンジェリークはかすかな声でそう囁いてゼフェルの肩にこつんと頭をつけ、涙をぽろぽろとこぼした。
 ゼフェルは真っ赤になったアンジェリークの肩にそっと手をおき、ぐっと抱き寄せた。
「オレ、おめーの事一生手放す気ねーからな。」
「はい…ゼフェル様…。」


 アンジェリークは次の日試験を降りた。
 愛しいゼフェルとずっと一緒にいるために…。


END