ある夏の夜
どうにも蒸し暑くて寝苦しい夜———。
ベッドに入っても一向に眠れそうもなかったから、散歩がてら庭園に行ってみる事にした。
夜風がベタ付いた肌に心地いい。
深夜をかなり過ぎた時間だから、人影は皆無だった。
右回りのコースで約束の木を通り過ぎ、東屋へ向かう。
———そういえば、この間この木の側で、ちょっとしたハプニングがあったな・・・。
少し前、えらく月の綺麗な夜だった。
何となく、あいつにこの月を見せてやりたくなって声を掛けたら、あっさりついて来たんだよな・・・。
けど、いざ出掛けるって時になって妙に緊張してやがって・・・ったく、こっちまで何だか焦っちまったじゃねーか。
で、とにかく此処に来たのはいいけど・・・あんときゃ何つーか・・・こう、やけにあいつが綺麗に見えてさ・・・おかげで柄にもねー事言いそうになっちまったっけ。
しかも、どこのどいつか知らねーけど、あんな夜中にうろうろしてんじゃねーっつーの。
・・・ま、ああいうのも悪くねーっちゃ、悪くねーけどさ。
あいつの髪・・・イイ香りだったよな・・・。
「ゼフェル様?」
!!うおっ?!
「な、・・・アンジェリーク?」
ビビッた・・・何でこいつがこんなとこに居るんだ?
「こんばんはゼフェル様。ゼフェル様もお散歩ですか?」
「笑顔で挨拶してんじゃねーよ!何時だと思ってんだ!!」
あ、やべぇ・・・あんまし吃驚したから、キツイ言い方になっちまった。
「す、すいません・・・あの・・・ちょっと暑かったから・・・その・・・。」
「あー、悪ぃ・・・別に怒ってる訳じゃねーぜ」
元々こういう言い方しか出来ねーんだよな。
「あ、はい。・・・えっと・・・もう戻りますから・・・。」
おいおい、それじゃ俺が追い返したみてーじゃねーか。
「待てよ、戻るったって一人じゃ危ねーだろ?・・・その・・・もう少ししたら送ってやるから、ちょっと付き合えよ。」
引き止めるにしたって、もう少し気の利いた事が言えりゃあいいんだけどな・・・。
でも、アンジェリークは嬉しそうに頷いてくれる。
「はい。ありがとうございます。」
ほんっと、こいつの笑顔ってのは極上品だな。
「んじゃ、ま、東屋にでも行くか。」
「はい、ゼフェル様。」
庭園にはしっかり常夜灯がセットされてたから暗いって事は無いんだよな・・・ちぇっ・・・もちっと暗かったら、危ないからとかって手のひとつも握ってやれたんだけど・・・。
とにかく俺たちは東屋を目指して歩き始めようとした。
が———。
「げ・・・あれってジュリアスじゃねーか?」
かなり距離があるせいではっきりとはしないが、夜目の利く俺には常夜灯に照り輝く金色の髪がうっすらと見える。
「え、ジュリアス様ですか?・・・どうしよう・・・。」
アンジェリークの顔が一気に強張る。
そりゃそうだ、こんな時間に庭園に来ているのが見つかったら、あの風紀根性の塊の事、どんだけ説教くらうか判ったもんじゃねーからな。
「と、とにかく隠れろ!ほら、急げって!」
・・・又かよ。
どうも、こいつと夜に庭園に来たら、このパターンは必至なのか?
前回と同じように木陰で息を殺していたら、やっぱりジュリアスの野郎が通り過ぎていく。
「・・・。」
「・・・。」
かさとも音を立てないよう、じっとしていたら・・・あ、やっぱイイ香りが・・・。
「アンジェ・・・」
ちっとばかし悪戯心ってのが出てきちまって、耳元でそっと囁いてみたりして。
「!?☆*O!!」
アンジェリークの身体がビクッて引きつったのが判る。
その後、顔を真っ赤にして首筋を押さえながらこっちを見てる。
へへ・・・目ーまん丸にしちゃって・・・ほんとこいつってば可愛いよなー。
思わず、押さえが利かなくなっちまうだろ?
「・・・好きだ・・・アンジェ・・・。」
抱き寄せて、もう一回耳元で言った。
「ぜ、ゼフェル様、駄目です・・・こんな・・・」
小声で言いながら微かに身じろぎをするアンジェリーク。
それって煽ってるのと同じだって事、判ってんのか?
「嫌なら本気で抵抗しろよ・・・でなきゃ・・・もう止めらんねーからな・・・」
抵抗されても止められそうに無いけどさ・・・。
柔かな栗色の髪に顔を埋めて、返答を待つ。
その内、儚い抵抗は止み、おずおずと俺の背中に回された小さな手の感触。
今度はしっかりと抱きしめ、アンジェリークの細い顎に手を添え、俯いた顔をあお向けた。
「本気だ・・・おめ—の事が本気で好きだからな、絶対に誰にも渡さねー。」
そして唇にその誓いを込めて、口付ける。
好きだ・・・今も・・・そしてこれから先もずっと・・・。
に、しても・・・今日ここに来たのが俺で良かった・・・。
もし別のやつだったらって思っただけでぞっとするぜ。
いいか、これから夜に出歩く時は、絶対に俺を呼べよ?
判ったな?絶対だからな!!
〜fin〜