迷子


「ここ・・・どこなのかなぁ?」

 アンジェリークは辺りを見回した。見える範囲には似たようなドアが並んでいるだけ。

 育成に来た帰り、明日の育成のことを考えながら歩いているうちに違う道を行ってしまっ

たようだ。

 似た様なドア、行っても行っても変わらない風景。通い慣れた宮殿のはずなのに異次元

の扉を開けて迷い込んでしまったような錯覚に陥る。

「どう・・・し・・・よぉ・・・」

 誰かに会えばいいが人っ子一人通りかからずまだ明るい昼間なのに窓がないから薄暗

い。孤独と不安からアンジェリークの瞳から涙が零れた。

「ふ・・・ぇ・・・ゼ・・・フェ、ル、様ぁ」

 ひっくとしゃくりあげながら助けを求めたのは鋼の守護聖。いつも怒ったような顔をしてい

る・・・実際アンジェリークも何度か怒鳴られたが・・・本当は誰よりも繊細な少年。アンジェ

リークを怒りながら励ましてくれる。そしてアンジェリークにとって誰よりも大切な人。

「もう・・・わかんないよぅ」

 アンジェリークは座り込んだ。不安で膝を抱えて顔を埋める。ふと、前にゼフェルと交わし

た会話を思い出した。

『困ったことがあればこれを使えよ』

 そう言ってくれたのは小さなメカだった。アンジェリークの手よりも少し大きめのメカを急

いでバッグから出す。ゼフェルから教えられたように頭の上にあるボタンを押した。

 ピカ、ピカ、ピカ。

 目が点滅しはじめた。しばらく様子を見ていたが目が光る以外何も起こる気配がない。

「ゼフェル様ぁ」

 アンジェリークの瞳にまた涙が溢れ出した。ぎゅっとメカを抱き締め泣くのを堪えていると

バタバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。

「どうした!?」

 顔を上げると信じられないことにゼフェルが心配そうな顔でこちらに走ってくる。

「何があったんだ! アンジェ!」

 というゼフェルの疑問に答えるよりも先にアンジェリークはゼフェルに抱き付いていた。

「ふ、ぇ・・・良かったぁ」

「な、ど、ア」

 突然抱き付かれた上に泣き出されたものだからゼフェルは動転して言葉にならない。今

のは「何だ、どうした? アンジェ」と聞きたかったのだ。

 

☆ ☆ ☆

「迷子かよ」

「はい・・・」

 何とか泣いているアンジェリークを宥め訳を聞き出したゼフェルはその場に脱力して座り

込んだ。

 アンジェリークの方も抱き付いてしまった恥かしさと泣いてしまった恥かしさと17歳にも

なって迷子になってしまった恥かしさで真っ赤になって俯いている。

「まぁ、宮殿ってここに何年もいるはずのヤツでさえ今だに迷う時があるくらい広いから

な。1年もいねぇおめーが迷うのも無理ねぇよ」

 しゅんと落ち込んでいるアンジェリークを慰めるように頭をポンポンと叩きながら言う。ア

ンジェリークは嬉しそうにニッコリ笑った。

「ありがとうございます」

 慰めてくれたことに対してお礼を言ったアンジェリークだったが小首を傾げてきょとんとた

ずねた。

「ゼフェル様も迷子になるんですね」

 ゼフェルは一瞬何を言われたかと「は?」と思うがすぐに怒鳴った。

「バカヤロ! オレのことじゃねぇよ! ランディのことだ! オレが迷うわけねぇだろ!!」

「ごめんなさい」

 アンジェリークは首を竦めて謝る。ゼフェルは面白くなさそうに横を向いていたがまた落

ち込んでしまったアンジェリークを見て仕方ないというように頭をガリガリとかいた。何かを

思いついたらしくゼフェルはにやっと笑うとアンジェリークがしっかり抱えているメカを指差

した。

「おめー知ってるか? そのメカって発信機になってるだけじゃなくて通信機能もついてんだ

ぜ」

「通信機能?」

「おめーの声が聞こえるんだよ。情けねぇ声で『ゼフェル様ぁ』って呼んだのがしっかり聞こ

えたぜ」

 本当は通信機能なんてなかったがゼフェルはアンジェリークをからかうつもりで嘘を言っ

たのだ。

 アンジェリークはぼっと顔を真っ赤にすると頬を膨らませた。

「だって、周りに誰もいなくて、不安になってると真っ先にゼフェル様の顔が浮かんだんで

す」

 真っ赤になって膨れる様が可愛くゼフェルは噴出した。しかもアンジェリークの言葉はゼ

フェルを喜ばせる内容だ。怒っていたことも忘れてくっくっと笑う。

「素直なヤツだな。オレの嘘に引っかかるなんてよ。通信機能なんてねぇよ」

「え・・・あ!」

 アンジェリークは両手で顔を覆う。

「悪ぃ」

 アンジェリークの両手を離させ顔を覗き込む。

「また何かあったらオレを呼ぶんだぜ。今度はちゃんとメカに通信機能つけるからな」

「はい」

 まだ顔が赤かったがアンジェリークはゼフェルを見詰め返した頷いた。

 

〜fin〜