プレゼント


「ちっきしょー…」
 ここは鋼の守護聖ゼフェルの私室。
 毎年この時期になるとゼフェルは私室に閉じこもり、悩む。
 バレンタインデーからもうすぐ一ヶ月がたとうとしている。
 バレンタインデーにゼフェルは毎年ある女の子から想いのたっぷりい詰まったチョコレートをもらう。
 ゼフェルは甘いものが苦手だ。
 けれど、毎年貰うチョコレートはそんなに甘くなく食べやすい。
 聞くと自分に合わせて甘さを控えてあるらしい。
 それだけ自分のことを考えてくれている彼女に心から喜んでくれる贈り物をしたい。
 彼女はどんなものでも喜んでくれるだろう。
 だから、わからない。
 彼女は何が欲しいのだろう?
 彼女が心から好きなものは何だろう?
 考えれば、考えるほどわからなくなる。
 ゼフェルはイスの背にもたれかかり、空を仰いだ。
「何をやったら喜んでくれるんだよー…」
 その時、ドアを誰かがノックする音が響いた。
 ゼフェルは上を向いたまま
「どーぞー…」
 と、客人を招き入れた。
 ドアが開いて、見ると、そこにはあきれ顔の緑の守護聖マルセルが立っていた。
「やっぱりね。こんなことだろうと思った。」
 そう言いながらマルセルは開いた戸を閉め、ゼフェルに近寄って来た。
 ゼフェルはやっと頭を下ろし、マルセルの方を向いた。
「何だよ、何しに来たんだよ。」
「ホワイトデーの贈り物、悩んでるんでしょ?仕事サボッてさ。」
「なっ…サボッてなんかねーよ!」
「ずっと私室こもってるくせに。」
「ぐっ…」
 ハァーっとマルセルはため息をついて、首をすくめた。
「深く考えないで、頭の中に浮かんだものあげたら?心のこもったプレゼントなら彼女どんなものでも喜んでくれると思うよ。」
 そう言うとマルセルはドアの方に向かって行った。
 ドアの前まで来ると、ゼフェルの方を振り向き
「アンジェリーク。ゼフェルの心さえこもってたら、どんなものでも喜んでくれるよ。じゃあね。」
 と、言うと戸を閉めて出て行ってしまった。
 ゼフェルは、しばらくあっけにとられてしまった。
「な…なんなんだよ、アイツ。それだけを言いに来たのかよ!」
 そう叫ぶと、机に向かいしばらく考え込んだ。
 そして何か思い立ったように立ち上がり、部屋を出ていった。


 その日、アンジェリークは、朝早くにノックの音で目が覚めた。
「誰かしら、こんなに朝早く…。」
 まだ、うまく目が開かない状態で戸の所までよろよろと歩いていった。
「はい。」
「あ、オレ…だけど…。」
 聞きなれた声。
 声を聞いただけで胸が高鳴った。
「ゼ…ゼフェル様ッ?!」
 アンジェリークはすぐ開けようとしたが、寝巻き姿のままの自分に気付き
「ちょ…ちょっと待っていて下さいッ!」
 と、ゼフェルを待たせ、急いで身支度を済ませ戸を開いた。
「すみません、お待たせしてしまって…」
「いや、いいよ。悪かったな、こんなに朝早く…。」
「いえ…あ、どうぞ。」
 と、アンジェリークはゼフェルを部屋へ招き入れた。
 アンジェリークの部屋はいつも良い香りがする。
 アンジェリークが横切る度に香る香り。
 ゼフェルはこの香りが香る度、胸が高鳴る。
 アンジェリークは、ゼフェルを部屋の真ん中にあるテーブルへ促した。
「今、お茶を入れて来ますね。」
 そう言って踵を返したアンジェリークをゼフェルは引き止めた。
「お茶はいい。用事が済んだら帰るから。」
 と、言うとお前も座れと目で促したのでアンジェリークはそれに従った。
 しばらくの沈黙…。
 ゼフェルは少し斜を向いて座って、何かを考えているようだった。
 沈黙を先にやぶったのはアンジェリークだった。
「あの…用事って…?」
「あ…あぁ…」
 そして、またしばらくの沈黙…。
 次に沈黙をやぶったのはゼフェルだった。
「…これ…」
 と、ポケットから小さな包みを出してアンジェリークの前に差し出した。
 小さな包みにはピンクのリボンがかけてあった。
 アンジェリークは自分を指差して、自分への贈り物かというジェスチャーをした。
 ゼフェルは頷いた。
 アンジェリークがその包みを手に取ると、ゼフェルはすっと立ち上がった。
「じゃあ…」
 と、戸の所まで急ぐゼフェルにアンジェリークは慌てて
「あ、ゼフェル様!ありがとうございます!」
 と、お礼を告げた。
「おぉ」
 と、言うとゼフェルは部屋を出ていった。
 この包みを届けるために朝早くゼフェルはアンジェリークの元へやって来たのだった。
 アンジェリークはテーブルに包みを置き、リボンをほどいた。
 包み紙をはずすと、中から箱が出て来た。
 その箱をあけると、また箱。
 その箱の中には、ハートに天使の羽が付いた指輪が入っていた。
「可愛い…。」
 その指輪を手にとって、指にはめてみる。
 その指輪はあつらえたかのようにアンジェリークの左手の薬指にピッタリはまった。
 アンジェリークは手をかざして、しばらくその指輪を幸せそうに眺めていた。
「でも…どうして…」
 どうして、ゼフェルはこの指輪をくれたのだろう?
 今日は誕生日じゃないのに…。
 今日は…そう、今日は3月14日。
 ホワイトデー。
 そう、ゼフェルは朝一番にアンジェリークにお返しを渡しに来たのだった。
 フフッとアンジェリークは笑って、もう一度その指輪をみた。
 指輪はまるで自分のものだといいたげにアンジェリークの指に輝いていた。


〜FIN〜


プレゼント

作:かんのさん  画:紫苑さん