ハート一杯チョコ
〜レイチェル〜


「でーきたっと。アンジェは?」
「私も準備できたわ」
 二人の目の前にはたくさんのリボンが掛けられた袋が並んでいる。
 今日はバレンタインということで日頃試験でお世話になっている方々にチョコをあげようということになったのだ。
 ・・・というのは建前。本当はアンジェリークにゼフェルに告白させるためというのがレイチェルの目的だったりする。誰の目から見ても二人が両想いなのは分かりきっているのに当の本人達が分かっていない。女王だから、守護聖だからと悩んでいるのかもしれないがレイチェルからすれば、
「そんなの関係ない!好きなら好きって言っちゃえ!」
 と非常にイライラする状態なのだ。
 そこへバレンタインという打ってつけの日がありアンジェリークを丸め込みチョコレートを準備させるまで至ったのだが・・・。
「で、メッセージは書いたの?」
「え?」
「ゼフェル様にさ。好きですとか書いたの?」
「そ、そんなの書いて無いわ」
 真っ赤になってブンブン頭を振っている。レイチェルはがくっと頭を垂れた。
「アナタねー、ゼフェル様に告白するんじゃなかったの!?」
「こ、告白なんてそんな・・・」
 チョコを渡す前から早くもアンジェリークの顔は茹で上がっている。
「はぁ」
 じとっと見るとアンジェリークはおずおずとチョコを指差した。
「でもね、ゼフェル様のチョコだけは特別なの。皆さんのとは違うの」
「え?どんな風に?」
「ゼフェル様のだけハート型なの」
 そう言うとアンジェリークはまたまた真っ赤になって俯いた。そんな姿が女のレイチェルから見ても可愛いと思ってしまう。が、ここは心を鬼にして。
「それだけ!?そんなんじゃ気付かれないよ!」
「そう、かもしれない・・・」
 しゅんとした顔をされてしまいそれ以上何も言えなくなってしまう。
「まぁ、何もしないよりましかなあ。じゃ、いこっか!」
 レイチェルはアンジェリークを促し宮殿に向かった。


☆ ☆ ☆
「おっはよーございまーす!」
「おはようございます」
 ジュリアスから順番にチョコレートを配っていき、ルヴァ、オリヴィエと周る。守護聖は9人もいるから配るのは大変だと思っていたがチョコを渡すだけなので早くゼフェルの番に周ってきた。
「よー、二人揃って育成に来たのか?」
 ゼフェルはいつもと変わり無いように見えるが、よく見ると口元が嬉し気に綻んでいる。
『ゼフェル様ってホント分かりやすい』
 内心で思いながら礼儀として気付かない振りをしてチョコを差し出した。
「違いますよ。これどうぞ!」
 レイチェルにならってアンジェリークも恥かしそうに頬を染めながらチョコを出した。
「私も・・・これ受け取ってください」
 目の前の二つのチョコを見て・・・いやゼフェルの視線はアンジェリークのチョコだけに注がれている。
 チョコを見たゼフェルは一瞬嬉しそうに笑いかけたがすぐにぐっと仏頂面になった。しかし口のはしがヒクヒクしているのを見ると喜びたいのを無理矢理仏頂面に替えているようだ。
『本当に素直じゃないなあ。素直に喜べばいいのに』
 さきほどのランディの喜び全開の笑顔を思い出しながら嘆息する。
 アンジェリークも大変だなあと考える。何だか面白くなかったのでちょっと意地悪を言ってみた。
「お世話になってるので義理チョコです!」
「へ?」
 ゼフェルは目を丸くして聞き返してきた。ショックを受けているらしい。
「お世話になっている皆さんにお配りしているんですよ」
 レイチェルがそう説明するとゼフェルはアンジェリークに向かって聞き返した。
「そうなのか?」
「ええ。これから学芸館の方に行くんです」
 素直にアンジェリークは肯いたが、それではゼフェルのチョコまで義理だと言っているようなもの。
 ゼフェルの様子を見ると目が据わっている。ムッとした顔は作っているのではなく本当に怒っているのだろう。
 レイチェルは説明をしようと口を開きかけたが、
「用が終わったらとっとと帰れよなー。オレは忙しいんだ」
 ゼフェルにうるさそうに手を払いながら言われてムカッとした。
『何なの!義理だって分かった途端この態度!ぜーったいアンジェのチョコは本命だって教えてやんないんだから!』
「分かりましたよ!アンジェ行こ!」
 怒りに任せてどなるように挨拶をしアンジェリークの腕を掴んで執務室を出た。
「失礼しました」
 アンジェリーク方は丁寧に頭を下げたがレイチェルはゼフェルに目もくれなかった。


☆ ☆ ☆
「もう、追い出すことないじゃない!」
 次のマルセルの執務室に向かいながらレイチェルはまだ怒っていた。
「ゼフェル様・・・迷惑そうだった。チョコ、ご迷惑だったのかな?」
 アンジェリークは不安そうにレイチェルを見上げている。その瞳は悲しそうに少し潤んでいる。
「アナタ、分かってないの?チョコをあげた時ゼフェル様嬉しそうだったじゃない」
 レイチェルが呆れたように言うとアンジェリークは俯いた。
「私もそう思ったんだけど・・・でも最後はなんだか怒ってた見たい」
「それはあなたのチョコが義理だと思ったから」
「そうなのかなあ」
 アンジェリークの不安はまだ取り除かれないようだ。これはゼフェル自身が誤解を解かないといけないようだ。


「いらっしゃい!」
 マルセルがニコニコと出迎えてくれる。レイチェルは怒っていたのも忘れて笑顔を返しながらチョコを出した。
「これ、お世話になっている皆さんへバレンタインチョコです」
「え?!僕に。うわぁありがとう。ふふ。すっごく嬉しいよ」
 マルセルの素直さの半分でもゼフェルにあればアンジェリークは苦労しなくて済むのにと思うレイチェルだ。
「じゃ、ワタシたち次の方に行きますから」
「うん!またね」
「失礼します」
 今度はちゃんと頭を下げて退室する。


「あ、いっけなーい。ワタシ、マルセル様に育成頼むの忘れてたよ!」
 宮殿を出たところでレイチェルがわざとらしく声をあげた。
 素直なアンジェリークはその言葉を信じたらしい。
「それじゃ、行ってきて。私ここで待ってるわ」
「うん、ごめんね。すぐ戻ってくるよ」
 レイチェルはアンジェリークに言い残してマルセルのところに走った。


「あれ?どうしたのレイチェル」
 マルセルは戻って来たレイチェルをびっくりしたように迎える。
「ワタシ。マルセル様にお願いがあるんです」
「僕にできること?」
「はい。あのバレンタインチョコのことなんですけど・・・実はアンジェがゼフェル様にあげたチョコだけハート型なんです」
 レイチェルは考えながら説明するとマルセルはピンと来たらしい。
「ふふ、アンジェ、ゼフェルに本命チョコあげたんだね」
「そうなんですよ!でもアンジェってばメッセージも何もないんです」
 レイチェルはため息混じりで言う。マルセルは何か考えていたようだが大きく肯くとニッコリ笑って言った。
「ゼフェルに自分のチョコだけは特別だって気付かせればいいんだよね。僕とランディでゼフェルの前で一緒にチョコを見ればいいんだよ!」
 レイチェルはパンッと手を打って同意する。やはりマルセルに相談して良かったと思う。
「良い案ですね!よろしくお願いします」
「任せてよ!」
 頼もしく胸を叩くマルセルに頭を下げる。
「それじゃ今度こそ失礼します」
 執務室を出てレイチェルはやれやれと息をはいた。
「全く内気な親友を持つと苦労するよ」
 疲れたように言ったがすぐにクスッと小さく笑う。
「来月のホワイトデーはアンジェの嬉しそうな顔見れるよね!」
 アンジェリークが喜ぶなら多少の苦労は仕方ないかと呟きながらレイチェルは親友のもとにスキップをしながら向かった。


〜fin〜