HAPPY BIRTHDAY


「はぁ・・・」
 執務机の端にある電子時計を見て、鋼の守護聖ゼフェルは今日何度目かのため息をついた。


 6.14 AM10:42


 卓上サイズの簡素な時計の液晶画面には、今日の日付と時間が時々点滅しながら表示されている。
「俺一人で盛り上がってバカみたいだ・・・」
 プラチナの髪をもつ少年は、ぽつりとそうつぶやいた。


 事の始まりは一月ほど前。


 執務をさぼったことがジュリアスにばれ、こってり絞られたゼフェルはとぼとぼと執務室に戻ってきた。 すでに執務時間は終わっており、他の守護聖の部屋からは人のいる気配すらしない。
 大分日も傾いていたので、ゼフェルはそのまま私邸に帰ろうとエアバイクのキーを探し始めた。
「あっれー・・・俺どこにキー置いたっけ? おっかしぃなー・・・」
 工具類は気持ち悪い程完璧に収納してあるのに、キーの置き場所などには無頓着なこの少年はもちろん、 机の引き出しを大胆に開けると 思い当たる場所は隅々まで探してまわった。
「もしかして締まってない、とか・・・?」
 引き出しの中から出てきた紙類でごちゃごちゃになった執務机の上をかきわけかきわけしながら探していると、 何かがカサリと床に落ちた。
「なんだこりゃ。」
 それは見覚えのない封筒だった。淡い黄色に、これもまた淡い桃色でコスモスの絵が描かれている。 ゼフェルはそれをつまみ上げるといろんな角度から観察してみた。
 何故か一人の少女の姿が目に浮かんだ。
「ったく、手紙の精霊もサボりかよ・・・。えーと・・?」
 机に腰掛けると、封筒の片側を指で丁寧に破いて中身を取り出す。同じ色使いの便せんを開くと、あの大人しい少女らしい 丁寧な字が並んでいた。


ゼフェル様へ。
今日は私のために、素敵なプレゼントありがとうございました。
よろしかったら、ゼフェル様のお誕生日を教えて下さいませんか?
お礼に私から何かプレゼントしたいので・・。
それでは、また明日。
                       アンジェリーク


 ゼフェルは流すように手紙を読むと、もう一度、今度はゆっくりと読み直した。
 それから一文字一文字かみしめる様に読むと、はぁーっと大きく息をつく。
 自然に口元がほころんでしまう。


 今日は女王試験が始まって以来、初めてアンジェリークの惑星がレイチェルの惑星の数を上回った日だった。
 真面目に育成に励んでいるのに、アンジェリークはいつもあと一歩という所でレイチェルに負けてしまう。 それを助けるつもりで内緒で力を送ろうとしたことはあるが、エルンスト並に書き込まれたアンジェリークの ノートを見てしまってからというもの、違う形で彼女を応援するようになっていた。
地道な努力が実を結んだ今日、ゼフェルは前から用意してあったある物を持ってアンジェリークを訪ねた。
 それは銀色の天使の細工のついた手鏡。
 アンジェリークがつまづいた拍子に再起不能な程割れてしまった代物である。
 捨てられそうになっていたそれをこっそり持ち帰り、綺麗に直して今日、お祝いにとプレゼントしたのだ。
 手紙の文面を見る限り、かなり喜んでくれていることは確かだった。
 その上、ゼフェルの誕生日を聞いてくれたことがたまらなく嬉しい。
 引き出しの中から小さなメモ用紙を取り出すと手紙の返事を急いで書いた。


アンジェリークへ。
おう、手紙サンキュ。
あんなモンでそんなに喜ぶなって。
俺の誕生日か? 俺の誕生日は6月4日だぜ。
まぁそんなに気をつかわなくれいいからな。育成、がんばれよ。
                        ゼフェル


「おい、手紙の精霊!」
 大声で呼びかけると、精霊は書類の山の中からポコッと現れた。
「サボってんじゃねぇぞ。これをアンジェリークに届けておけよ。」
 ペンをぽいっと机に転がすと、ゼフェルは封筒にも入れずに手紙を精霊に預けた。


 それから一ヶ月後の6月4日。
 ゼフェルはうきうきしながら執務室でアンジェリークが来るのを待っていた。
 ところがいつまでたってもアンジェリークは来なかった。
 何かあったのかと思い、次の日アンジェリークの部屋に様子を見に行ってみると、アンジェリークは平然として ゼフェルを出迎えた。
 その様子があまりに自然だったために、ゼフェルは執務室に帰るとすぐ
「おい手紙の精霊!! お前手紙を届けなかったんだろ!!」
 と手紙の精霊に詰め寄った。しかし、精霊は「届けました」の一点張り。手元に手紙が残っていないことからしても 精霊が仕事をこなしたことは確かであった。
 ということは、アンジェリークはゼフェルの誕生日を忘れてしまったのだろうか。
 いや、彼女に限ってそんなことはないだろう。
 ではゼフェルにプレゼントをあげたくないのだろうか。
 残念なことに、これが最もゼフェルの納得のいく理由だったのだ。


「はぁ・・・」
 今日何十回目かのため息が漏れる。
 喜びが大きかった分、失望も大きい。
 それに、ゼフェルはアンジェリークに好意をもっていたものだから、失望どころか絶望である。
 はにかんだように笑う笑顔が、浮かんでは消え浮かんでは消え、控えめにクスクスと笑う声が耳の奥から 離れず、逆立った頭をかきむしる。
 ちょっと抜けているアンジェリークのことだ。もしかしたら誕生日自体を忘れてしまったのかもしれない。
 そう思い今日までずっと耐えてきたのだが、すでに我慢の限界だった。
 プレゼントが貰えなくてイライラしている自分が情けなくてしょうがない。
「あぁ〜〜っ!!もういい! こんなことでイライラするくらいなら!」
 告白してきっぱり振られた方がまだ諦めがつく。
 かなり強ばった表情で勢い良くドアを開けると、ドスンと鈍い音がして何かにぶつかった。
「あっアンジェリーク!?」
「あ・・ゼフェルさま・・・」
 尻餅をついた体勢でえへへ、と恥ずかしそうに笑うアンジェリークの鼻の頭は、真っ赤に腫れ上がっていた。
「わりぃ! ぶつけちまったのか!?」
「大丈夫ですよ。ぼけっとしていた私がいけないんですから。」
 手をかして起きあがらせると、アンジェリークはまたえへへ、と笑った。そして大きなバスケットをそっと抱えた。
「ゼフェル様こそ、急いでどこかへ行かれるところじゃなかったんですか?」
「いや、おめぇンとこへ行こうとしてただけなんだ。」
「えっ!?」
 あんな怖いお顔でですか・・・?と訪ねるちょっと怯えた表情がまた可愛い。ゼフェルの決心など知らずに、 自分が怒られるようなことをしたのではないかと心配してるのであろう。(実際にしているのだが。)


「おめぇ、俺に用事あるんじゃねぇの?」
 執務室に入ると、アンジェリークは部屋の隅にあるソファーに腰掛け、さっきぶつけた鼻をさすりながら にこにこと笑顔を向けていた。
「あ、はい。」
「で、育成か? それとも話でもしに来たのか?」
彼女が妨害を頼んだことは今まで一度もない。だからゼフェルも自然と『妨害』を訪ねなくなっていた。
「いえ・・・ゼフェル様、一緒に森の湖に行きませんか?」
「は!?」
 突然のデートの誘いである。
「あの・・今日が日の曜日ではないことは分かっています。・・でも、お昼を食べるだけなら・・・だめですか?」
「・・しょうがねぇな。いいぜ。」
「よかった・・・」
 内心はヨッシャーーッ!!!なゼフェルなのだが、意地っ張りな性格が災いして こんなそっけない態度しかとれないのであった。


 所変わってここは森の湖。
 人が多い滝の対岸の静かな場所に二人は腰を下ろし、アンジェリークの手作りのお弁当を広げていた。
「すっげぇ! 俺の好きなものばっかりじゃねぇか!!」
 感嘆の声にアンジェリークは少し頬を赤らめて笑う。そして、満面の笑顔でこう言った。
「ゼフェル様、お誕生日おめでとうございます。」
「・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・は?」
「えっ・・」
 ゼフェルの反応に、アンジェリークはうろたえた。
「え・・今日はゼフェル様のお誕生日だから、何かプレゼントを差し上げようと思って・・それで 一緒にハイキングを・・・・」
「ちょ・・・ちょっとまて・・・・」
 今にも泣き出しそうな表情のアンジェリークに細心の注意を払いながら、ゼフェルはできる限りやさしい声で 彼女に言った。
「あのな、俺の誕生日は、6月4日だぞ?」
「えええっ!?」
 アンジェリークは慌ててバスケットの奥から小さな紙切れを取り出した。
「ほ、ほらここに14日って書いてあります!」
 その紙──ゼフェルからの手紙を指さして、アンジェリークは上擦った声でゼフェルを見上げた。
「んなバカな・・・自分の誕生日を間違えるなんてドジをこの俺が・・・」
 そこには確かに『14』の文字が輝いている。
「なっ何でだーーーっ!?」
 記憶の糸をたぐり寄せても、4日と書いた覚えはあっても14日と書いた記憶はない。
「ちょっとよく見せろっ!」
 14のところを顔に近づけてじーっと見る。他の文字より、1が気持ち曲がっている様な・・・。
「まさか!」
 ゼフェルは思い出した。手紙を出した次の日、ごちゃごちゃにした机の上を片づけた時のことだ。 執務用のペンが、キャップが外れた状態で書類の中に埋もれていたこと・・・。
 手紙の精霊はあのごちゃごちゃの机の中から出て、あの中に帰る。ということは、封筒に入っていない ゼフェルの手紙にペンがあたってしまったとしても不思議ではない。
「あ゛ーっ・・・」
 ゼフェルは自分のバカさ加減に腹が立った。キャップもしないでペンを放っておいた自分が明らかに悪い。
「ごめんなさい・・もう誕生日すぎてしまったんですね・・・」
 アンジェリークの寂しそうな笑顔でゼフェルは我に返った。
「何でだよ!・・俺が悪いんだ。おめぇが気にすることねぇ!」
「だって・・・だって来年にならないと、ゼフェル様のお誕生日を祝って差し上げられないんですもの・・・」
 涙をこらえながら自分を見上げるアンジェリークを、ゼフェルは思いっきり抱きしめていた。
「バカだ俺・・。自分が悪いくせにおめぇにイライラしたりして・・ほんっとサイテーだ・・・・」
「ゼフェル様」
「ごめん、アンジェ。ごめん・・・」
 誤るゼフェルの腕の中でふるふると首を横に振る。
「ゼフェル様は悪くありません。私たち、運が悪かったんです。だから誰も悪くありません。」
「アンジェ・・・・」
 どうしてこいつはこんなにも優しくて強いのだろう。ゼフェルはたまらない気持ちになった。
「ゼフェル様、来年こそ、お誕生日にお祝いさせてくださいね。」
 アンジェリークがおずおずと口にした。
「・・もちろんだ。アンジェ、来年も、再来年も、この先ずっと俺の誕生日を祝ってくれねぇか?」
 彼女は空色の瞳をはっと大きく広げる。
「ゼフェル・・さま・・・」
「・・・・アンジェ、好きだ。・・俺、ずっとずっとおめぇと一緒にいたい・・・」
 アンジェリークはは再びやさしい笑顔になった。暖かい春の日差しの様な、あの笑顔に。
「ずっとずっと、側にいます。・・・ゼフェル様の誕生日は、二人で祝いましょうね・・・」
 アンジェリークはそっとゼフェルの背中に手を回した。
 ゼフェルはそんな可愛らしい彼女に、そっと呟く。
「おめぇの誕生日も、だぞ。」


 その日、お昼を過ぎても二人が仕事と試験に戻ることはなかった。


 またそれからというもの、毎年6月14日は必ず森の湖で仲良くハイキングしている二人を見かけることになったという。
 しかしどちらに聞いても、その日が一体何の日なのか、他の守護聖達は教えてもらえないのでした。


** おしまい **