Christmas Bomb


 彼の居る聖地と新宇宙では時の流れが違う。
 聖地には聖地の。新宇宙には新宇宙の時の流れがあり、女王の都合だけで変えていいものではなかった。
 彼の宇宙でクリスマスだった日は、こちらの都合がきかずに逢えなかった。
 そしてこちらの宇宙でクリスマスの今日は、彼の都合で逢えない。
「…ふぅ」
 ほぼ無意識に、アンジェリークの可愛い唇はため息をもらす。
 クリスマスを迎えるのは勿論初めてではないけれど。
 今年のクリスマスは、一緒に過ごしたいと思う人がいる初めてのクリスマス。
 彼は守護聖で。自分は女王で。
 ワガママを言える立場ではないのは十分に理解っているけれど。
(‥——— ゼフェル様…会いたいな…)
 また一つ、アンジェリークは切ない吐息を紡ぐ。
 愁た瞳はぼんやりとパーティー会場を見つめる。
 そう、今は新宇宙での初めてのクリスマスを祝うパーティーの最中なのだ。
 パーティーと云っても盛大なものではなく、女王と女王補佐官、十数名の王立研究員で軽い立食をするようなものだった。
 立案者は勿論、有能な女王補佐官。
 クリスマスを恋人と過ごせないことを知り、落ち込んでしまった女王であり、
 親友の少女を少しでも慰めようとしてくれたものだったが・・・。
 優しい笑顔の合間に見せる寂し気な表情は、見る者の心をひどく締め付けた。
 励ましているつもりが、返って彼女の寂しさを強調してしまったようで。
 レイチェルは珍しく自分の失態を認めた。
(‥——— ホントに陛下ったら気が利かないんだから!ゼフェル様の力なんて滅多に必要とされないクセに!)
 故郷の女王と守護聖に対してあんまりな毒舌ぶりで責任転嫁をして、補佐官はぷりぷりと怒る。
「レイチェル様、あちらの聖地よりクリスマスカードが届きました」
 いまだ怒りの冷めやらない様子でサンドイッチを頬張るレイチェルに、研究員の1人が声を掛けた。
「ムグ…クリスマスカード?」
 聖地に住む者で、今日が新宇宙でのクリスマスだと知っているのは、金の髪の女王と…鋼の守護聖の唯2人。
「かしてッ!」
 レイチェルは研究員から届け物を奪い取ると、予想通り2通あった。
 1つはレースとチェックプリントの可愛いピンク地のカード。
 もう1通は模様のないシンプルな白い封筒で、少し重量感がある。
(‥——— やるじゃん!ゼフェルサマ!)
 レイチェルは白い封筒に満面の笑みを浮かべ、親友の元に急ぐ。
「アンジェ!」
「?どうしたの?レイチェル」
 アンジェリークは親友の勢いに驚きながらもその笑顔につられたか、可愛らしい笑顔をみせた。
「はい!コレ。ここはもういいから、一人でじ〜っくり見ておいで!」
 パンッ!と勢いよく女王の手に先程届いたばかりの白い封筒を手渡し、事情の飲み込めていないアンジェリークを席から立たせた。
「?レイチェル…?」
 ぐいぐいと背中を押されながら会場の出口へ向かわされつつ、アンジェリークは困惑の表情を補佐官に向けた。
「いーからいーから!」
 はい、いってらっしゃい!と、レイチェルが親友の背中をポンッと押すと、アンジェリークの身体はパーティー会場からはみだした。
「レ…」
 背中を押される力から解放され、振り返って親友の彼女の名を呼ぼうとしたが、その名を持つ補佐官は既に後ろを向き、ふりふりと片手を振って会場の中に消えて行く最中だった。
「レイチェル…」
 いきなり会場から追い出され、ちょっと途方に暮れてしまったアンジェリーク。
 だが、何の理由もなくレイチェルがあんなことをするとは思えないので、理由は手渡された封筒にあるのかもしれないと、それを見る。
「・・・・・」
 なんの変哲もない白い封筒。中には厚紙が入っているのだろうか?少し堅い。
 裏にも表にも差出人の名前は見当たらなかったが…
(‥——— これって、もしかして…)
 期待と希望に、アンジェリークの胸がドキドキと鼓動を早めた。
 はやる気持ちを押さえられず、アンジェリークは廊下に立ったまま封を開けた。
 封筒から顔を覗かせたのはメタリックシルバーの少し厚みのあるカード。
 掌サイズのそれには文字らしきものはなく、中央に正方形の薄いプレートと、その下にスイッチらしきものがあった。
「…?」
 メカには疎いアンジェリークはちょこんと首を傾げたあと、とりあえずスイッチのようなものに触れてみる。と、ヴィンッ、という音を立てながら正方形のプレートの上にゼフェルが立つ。
「…!」
 突然のゼフェルに息をのむアンジェリークに、プレートの上のゼフェルが声を掛けた。
『…よう。おめー、今すっげー驚いただろ?これはなー、ホログラフィっつって…ま、お前には言っても理解出来ねーか』
 アンジェリークの手の上のゼフェルが、そう言って笑った。
「ゼフェル様…これってゼフェル様とお話出来る機械…」
 TV電話のようなもの?とアンジェリークがゼフェルに問いかけると、それを遮ってゼフェルが話し出した。
『それからおめー、まさかこれがTV電話だとか思ってねーだろーな?言っとくけど違うからな。…ま、ビデオレターくらいに思っとけよ』
 つまりはこのゼフェルは記録されたもの。ライブではないのだ。
「…はい…」
 自分のあまりのメカオンチぶりにアンジェリークは一人赤面し、音声の届かないゼフェルに小さく返事をした。
 もし今居るところが自分の部屋じゃなかったら早く戻れと映像のゼフェルに急かされ、何故にこんなに彼には自分のことがお見通しなのだろうと首を傾げつつ自分の部屋に戻ったアンジェリークは、ゼフェルを手にしながらベッドに腰掛けた。
『・・・で、これを作ってる最中に薬品を浴びちまってこんな髪になってるんだけどよー…』
 ゼフェルはこのメッセージカードを作った際の苦労やハプニングを話し、自分の技術力の向上をアンジェリークに伝えたかったようだが。
 当のアンジェリークはゼフェルの腕前よりも、
(‥——— 小さいゼフェル様だわ…可愛い…)
 多分ゼフェルにとっては大変不本意なところで感動を覚えていた。
『そういえばお前のとこの宇宙じゃそろそろクリスマスだよなー…』
 ちゃーんと知ってるくせに、わざと今気が付いたような口調のゼフェルに、アンジェリークはくすりと笑って、はい。と返事をした。と、
『・・・・・』
 手の上のゼフェルは首筋に手をあてた格好をして、黙り込む。
「?」
 ゼフェルが急に話さなくなったので、アンジェリークは小首を傾げた。
 声が聞こえないだけで彼は微妙に動いているので、故障とは考え難いが…。
 暫くの沈黙の後、鋼の守護聖は声を出す。
『・・・あのよ』
「はい」
『忘れねーうちに言っとくけど、もう少ししたらこのカード、爆発するからな』
「はい?」
 バクハツ?
 先程よりも大きく首を傾げるアンジェリーク。
『アブネーから、おめー非難しろよ』
「!」
 ゼフェルの進言にアンジェリークは手の上のカードが危険物であることを認識し、驚いて立ち上がるが、
(‥——— ど、どうしよう…)
 その動きはゼフェルを手放すことなく、おろおろと部屋の中を歩くばかり。
『その辺の床に置いて、おめーが少し離れてりゃいいんだよ』
 またもや恋人のドン臭い行動を予測していたのか、手の上のゼフェルが喋る。
「は、はいっ」
 言われた通りにゼフェルを床に置くと、アンジェリークは少し離れたところにしゃがんだ。
 いつ爆発するか分からない恐怖に、アンジェリークの手が自分の両耳にあてられる寸前、
『もう少し、言いてーことがあるからそのまま聞いとけよ』
 ゼフェルに止められた。
『その…オレ達なかなか逢えねーけど…』
 アンジェリークは爆発の恐怖と戦いながら、恋人の声に真摯に耳を傾けたが、もごもごと口篭もるゼフェル。
『なんつーか…』
 遠目でもはっきりと分かる程に、頬を瞳の色に染めて。
 俯いたり遠くを見たり、側頭部をがしがしと乱暴に掻いてみたり。
「・・・?」
 なかなか話を切り出さないゼフェルと、爆発の素振りを見せないクリスマスカードに、アンジェリークがふっと緊張を解いた次の瞬間。
『オレ、ずっとおめーのことが好きだからなッ!』
 ポンッ!
 告白と同時に訪れた爆発は、可愛らしい音と共に小さな紙ふぶきをもたらした。
 ちらちらと舞う色とりどりの吹雪に混じって一つだけ、紙とは比べものにならない重量をもったものが、いち早くカーペットの上に着地する。
「・・・・・」
 告白と爆発と、きらりと宙を舞った赤いリボン・・・赤いリボンで存在を主張されたシルバーリング。
「・・・・・」
 告白と爆発と、クリスマスプレゼント。
 アンジェリークは頬を染めながら、プレゼントを手に取った。
 一見シンプルな指輪だが、よく見ると細かな細工が成されていて。
 それが彼の手作りなのだとすぐに分かった。
「・・・とっても嬉しいです、ゼフェル様…」
 赤いリボンをほどき、指輪を指の第一関節の辺りまではめたところで、
「・・・・・」
 また外し、アンジェリークは大事そうに指輪を両手で包む。
「早く…お逢いしたいです…」
 プレゼントのアクセサリーは、贈り主が着けさせてくれるものなのだから。

 

〜fn〜