BE THERE
久しぶりに会ったあいつは、なんだか綺麗になっていた。
「こんにちは、ゼフェル様」
そう言って浮かべる微笑は、まさしく女王のそれで・・・。
背中の中ほどまで伸びた触り心地の良さそうな栗色の髪は、幼さを残していた記憶の中のあいつをグッと女らしくしていた。
まるで知らない女みたいだ。
黙ったままのオレにあいつ・・・新宇宙の女王・・・アンジェリークは、不思議そうに首を傾げて
「ゼフェル様?」
オレの顔を覗き込んできた。
無邪気そのものだった瞳は、少し憂いを含んだ大人の眼差しを浮かべている。
頬も唇も・・・記憶の中のものとは違っている。
誰だ・・・?こいつ・・・。
「どうしたんですか?」
スッと白い綺麗な手が、伸びてくる。
反射的にオレは、その手を払いのけていた。
「触るなっ!」
オレの声にあいつは、目を見開く。
オレの記憶にあるのと違う顔で・・・。
こんな女、知らない!
「お前なんか、アンジェじゃねー!」
怒鳴るように言い放って、オレは逃げるように、その場から駆け出した。
あれから、そろそろ一週間。
あいつとは、顔を合わせてない。
状況が状況だし、あいつの育成に協力してやらなきゃなんねーのはイヤってほど分かってんだ。エルンストとルヴァの話だと、この大陸は、どうやら相当ヤバイものらしいし。グズグズしてっと次元のはざまって場所に飲み込まれて、この大陸ごとオレ達も消滅しちまう危険があるらしい。この状況を救えるのは、あいつだけ・・・。
そう・・・あいつは、今・・・オレ達のために頑張ってる。
あん時と同じように・・・。
宇宙が、皇帝の手によって侵略されそうになった時も自分の事は二の次で、オレ達のためにあいつは、命を掛けたんだ。
細っこい身体に色んなもの抱えて、それでも弱音ひとつ吐かないで・・・涙ひとつ見せないで・・・。
いや・・・本当は、泣いてたのかもしれない。旅の間、誰にも気付かれないように・・・。
ひとりで・・・。あいつは、そういうやつだから。
強がって、わたしは大丈夫だからと・・・。どんな暗闇にも決して立ち竦んだりしないで。
そんなあいつだから・・・きっと今も・・・。
「・・・ちっくしょ!」
分かってる!分かってるんだ!オレだって。
あいつが、どれほどの重圧に耐えてるかなんて・・・。
大陸の民の命・・・オレら守護聖の命・・・そんで協力者達の命・・・陛下の命。
あいつは、今・・・そんなものを抱えてひとりで頑張ってる。
たったひとりの、しかもあんな細っこい肩に背負わせる荷物じゃねーはずだ。
あいつは、どれほど心細いんだろう・・・。
未来から来たっつー土地に連れて来られて・・・オレだったら、耐えられねーかもしれない。自分の行動ひとつが人の生死を担ってるなんて・・・。
「アンジェ・・・」
どうして、あんな事を言っちまったのか・・・。
傷付けたかった訳じゃない。
まして、あいつに会いたくなかった訳でもない。
いや・・・むしろその逆だ。
会いたかった・・・。
女王試験の時も・・・旅ん時も・・・あいつが居るだけで優しい気持ちになれた。
あいつの笑顔を守ってやりたいと思った。
おっとりしてて、ちょっと抜けてて、でも芯の強いあいつに惹かれてた。
それが恋っつーもんだと気付いたのは、情けねーことに、あいつが新宇宙に帰った後だったけど・・・。
声を聞きたかった。あいつの笑顔を見たかった。
抱きしめたかった・・・。
「なのによぉ・・・」
久しぶりに見たあいつは、記憶の中のあいつと違ってた。
会いたくて・・・会いたくて・・・。
夢にまで見た瞬間だったはずなのに、怖かったんだ。
オレが見たことも無い表情を浮かべたあいつが・・・知らない人間みたいで。
もう・・・手の届かない人間みたいで、イヤだったんだ。
「情けね−なぁ」
突き詰めていけば、そういうこと。
あいつが、女王らしくなっていくのが耐えられなかったんだ。
自分の心の狭さにうんざりする・・・。
何度目かのため息が口から漏れたとき、かさりとそばの草が鳴った。
「誰だ?」
ここは日向の丘の外れ。
はっきりいって土手っ原だ。あと10歩も歩いたら、真下は海。
こんなとこ訪れるなんて自殺志願者かさもなけりゃ、相当の物好きだ。
オレみたいな・・・。
身体を地面から起こして、茂みの向こうに視線を向けるとピンクの布端が見えた。
ついで・・・栗色の髪。
「アンジェリーク!?」
「ゼフェル様!」
オレもびっくりしたが、相手もびっくりしたらしい。
両膝を抱え込むようにして座り込んでたあいつは、目を丸くして茂み越しにオレを見ている。しばらく言葉もなく視線を合わせて、やっとオレは気が付いた。
白い頬にくっきりと残る涙のあとに。
「おめー・・・泣いてたのか」
オレの言葉に我に返ったのか、あいつは慌てて手の平で頬をこすって
「目・・・目にゴミが入ったんです。すみません・・・なんでもありませんから」
健気にも微笑みまで浮かべてみせる。
ぎゅっと心臓を鷲掴みにされた気がした。考えるより先に身体が動いた。
「そんな風に笑うんじゃねーよ!!」
間を隔ててた茂みを越えて、片手でも抱え込めそうな華奢な肩を腕の中に閉じ込める。
「そんなに強がるんじゃねーよ・・・」
「ゼ・・・フェル様?」
「泣きたきゃ泣いてかまわねーんだよ。だれも見てねーんだからよ」
「でも・・・」
抵抗するような声は無視して、抱きしめる腕に力を込めた。
「でも・・・なんだよ。オレの腕の中じゃ不満かよ」
栗色の髪が顎の下で左右に揺れる。
「そ・・・そんなこと・・・ないです!・・・でも」
「でも・・・?なんなんだよ」
躊躇うような間があって・・・あいつが、顔を上げた。
「ゼフェル様は、わたしがお嫌いなんでしょう?」
空色の瞳に透明な雫が浮かび上がって、ポロリと頬に落ちていく。
「嫌いって・・・」
そんな訳ねー!と言おうとして、言葉を詰まらせた。
腕の中であいつは、くっと薄い唇をかみ締めて
「わたし・・・ずっとゼフェル様にお会いしたかった。新宇宙に帰ってから・・・ずっとゼフェル様に会いたくって・・・宇宙発展させたら・・・頑張ったら・・・胸を張って会いに行こうって・・・ずっと・・・ゼフェル様に頑張ったなって・・・頼りないって、もう言われないように・・・女王として認めてもらいたくて・・・」
嗚咽に邪魔されて途切れ途切れで・・・伝えたい事の半分も言葉になってなかったけど、オレには痛すぎるくらいに分かった。
オレに会いたかったんだろ?オレに認めて欲しかったんだよな?
いつまでも女王候補だったときの子供じゃないって。いつもオレがトロくせーだの頼りねーだの言ってたから・・・ひとりで頑張れる人間なんだぞ!って言いたかったんだよな?
でもオレは、それがイヤだったんだ。お前が遠くに行っちまうみたいで。
女王らしくなればなるほど手の届かない存在になっていくみたいで。
「ごめんな」
呟いた声に腕の中のあいつの肩が、目に見えて跳ね上がった。
「悪かった」
「ゼ・・・フェルさま?」
恐る恐る顔を上げたあいつにオレは、口の端だけで笑ってみせる。
情けない・・・。こいつは、ずっと頑張ってきたのに。
女王になろうと頑張ってきたのに。
オレは、こいつのなにを見てきたんだろう。
「おめーは、よくやってるよ。すげー頑張ってんだよな」
澄んだ蒼色の瞳に、また透明な雫が溜まっていく。
「・・・うん」
こくんっと頷いたあいつの頬を瞳から溢れた涙が、伝い落ちる。
オレは、もう一度腕の中の身体を抱きしめると、栗色の髪に頬を埋めた。
「ごめんな」
「・・・ゼフェル様?」
「オレ・・・おめーが、すげー綺麗になってて驚いた。オレの知らねー奴みてーで」
あいつは、顔を上げない。
オレは、少しだけ抱きしめる腕に力を込めると目を閉じた。
「オレ・・・おめーが女王らしくなってくの・・・耐えらんなかったんだ。どんどん手の届かない存在になってくみたいで・・・」
ぴくりとも動かないあいつに少しだけ、こんなこと言っても迷惑だろうな・・・って考えが頭を過ぎった。言っても困らせるだけかもしれない。
ほんの一瞬だけ逡巡して、オレは結局、言葉を続けた。
「おめーと離れてから・・・すげー時間、おめーのこと考えてた。泣いてんじゃねーかとか、新宇宙には、なんもねーから心細いんじゃねーかとか、女王なんて肩書きに疲れてんじゃねーかとか・・・勝手に思ってた。けど、会ってみたら、おめーは立派に女王になってんじゃねーか。オレ・・・勝手だけどよ、ショックだったんだ。おめ−には、オレは必要じゃなかったんだって」
「そんなことありません!!」
それまで黙ってオレの台詞を聞いてたあいつが、思わぬ激しさで顔を上げた。
「そんなこと・・・ありません。わたし・・・わたし・・・ゼフェルさまが居たから・・・頑張れたんです。いつかゼフェル様に頑張ったなって言ってもらいたくって。だから・・・だから・・・必要なくなんかありません」
必死で言い募るあいつの顔が、みるみる赤くなっていく。
なんだ・・・変わってねーじゃん。こいつのこういうとこ、昔のまんまだ。
「サンキュ。すげー嬉しいぜ」
耳まで赤くなって俯くあいつを・・・心の底から愛しいと思う。
好きだ・・・とか、そんな感情飛び越えて、大事にしたいと思う。
泣かせたくない。傷付けたくない。愛していたい。
きゅっとあいつの手が、マントを握った。
「ゼフェル様・・・女王らしくなったわたしは・・・お嫌いですか?」
不安げな眼差しにオレは、一瞬・・・泣きたくなった。
「嫌いじゃねー。・・・好きだぜ」
言葉に出してみると、胸の中に溜まってた熱いものがせり上がってくる。
「愛してるんだ・・・」
結構、情けない顔をしてたんじゃねーかと思う。
断られたら・・・どんな顔したらいいのか・・・頭の隅で、そんな打算的なことも浮かんでくる。
あいつは、しばらく動かなかった。突然の告白に戸惑ってるというより呆けてるみてーだ。
「おい・・・アンジェ」
声を掛けようとした途端、あいつの頬に涙が溢れだした。
「・・・わたしも・・・わたしも・・・ゼフェル様を愛してる」
それだけ言うとあいつは、しゃくりあげて泣き出した。
それだけで十分だった。
「愛してる」
おずおずと背中に回された手を確かめて、オレは精一杯の優しさで抱きしめ返した。
愛してる・・・愛してる・・・。
そう・・・ずっと呟きながら。
手に入れた奇跡をずっと、抱きしめていた。
END