雨のち晴れ


 守護聖になりたての頃、雨の日はいつも膝を抱えて空を睨んでいた。その時ばかりは好

きなメカも工具セットも放り出し、ただ降りしきる雨を睨んでいた。

 そうしていないと孤独感に押しつぶされる気がした。下界から離された空間でさらに冷た

い滴に身体も心も冷えていくのを感じていた。

 

☆ ☆ ☆

 ゼフェルは数日間止まない雨をうっとうしそうに見ていた。館の中はゼフェルが作った空

調のお陰で湿気とは無縁だったがそれでも何日も雨ばかりだと嫌になる。

「つまんねぇ」

 日の曜日でゼフェルは女王候補寮に行こうかどうか迷っていた。

『わざわざ雨の日に行くのはおかしいかも』

 とか

『どうせあいつも雨で暇を持て余してるだろうし』

 とか

『空調の調子見てやるっていうのを名目にするならおかしくないよな』

 とか色々な思いを巡らせているゼフェルだった。

 あいつ・・・女王候補のアンジェリークはほんわかした少女で聖地のアイドル、というより

皆のマスコットのような存在になっていた。それも優しい笑顔とちょっとした時に出る小首を

かしげる仕種が可愛らしいせいだろう。

「ったくいつまで降るんだよ」

 ゼフェルは雨に忌々しそうに舌打ちをし、思い切って玄関のドアを開けた。

 ゴチン☆

「きゃっ」

「ゴチン? きゃっ?」

 掴んでいたノブから衝撃を感じ、それとともに悲鳴が聞こえドアの向こうを覗き込んだ。

「アンジェ!?」

 ドアの向こうではアンジェリークが額を押えて涙ぐんでいた。

「な、おめー何でここにいるんだよ!」

 動揺のあまり怒鳴ってしまう。

「ごめんなさい」

 なぜかぶつけた方が怒りぶつけられた方が謝るという奇妙なことになっていることに気付

きゼフェルは苦笑をした。

「オレこそ悪かったな。まさかおめーがいるなんて気付かなくてよ。何か用か?」

「あの、今日ゼフェル様お誕生日だから・・・ケーキ焼いてきました」

 アンジェリークは赤い顔をしてバスケットを差し出した。

「・・・・・・」

「生クリーム使わないように紅茶シフォンなんです。お砂糖も控えめですし、それでも甘

かったら美味しい水を商人さんのとこで買って・・・き・・・ま・・・した・・・から・・・

 ずっと無言のままのゼフェルに不安になっていったのかアンジェリークの言葉は段々小

さくなっていった。

 呆然としていたゼフェルは不安のあまり涙目になっているアンジェリークに気付き我に

返った。

「ありがとな。オレ、守護聖になって初めて誕生日祝ってもらったからびっくりしたんだよ」

「え? そうなんですか?」

 毎年必ず誕生日を祝ってもらっていたアンジェリークは目を丸くして驚く。

 聖地は時間の流れがゆっくりだ。誕生日を祝えば嫌でも時間というものを意識せずには

いられない。下界との時間の流れを考えずにはいられなくなる。だから皆敢えて記念日と

いうものを考えないようにしてるのだろう。

「ごめんなさい・・・」

 不思議そうなアンジェリークにそう説明するとアンジェリークはうな垂れペコリと頭を下げ

た。

「私考えなしで・・・」

「いいんだよ! 折角来たんだから入れよな!」

 帰りそうなアンジェリークの腕を慌てて掴み家の中に入る。落ち込んでいるアンジェリー

クの頭を笑いながらポンポンと叩く。

「そんな落ち込むなって。オレ本当に嬉しいと思ってんだからよ」

「はい。ありがとうございます」

 アンジェリークはゼフェルの言葉ににっこり笑う。

「おめー、変なヤツだな。お礼を言うのはオレの方だろうが。これ、二人で食べようぜ」

 アンジェリークの笑顔を見てどきっとした。ゼフェルはアンジェリークの不意打ちの笑顔に

顔が赤くなるのを感じぷいっと横を向きバスケットをキッチンに持っていった。

 

☆ ☆ ☆

「結構うまかったぜ」

「ふふ」

 シフォンケーキを食べ終え、ゼフェルが言うとアンジェリークは嬉しそうに笑った。

 二人だけの誕生日は穏やかな時が流れゼフェルは聖地に来て初めて雨の日を心の中

がポカポカするような気分を味わっていた。

 カチャカチャと後片付けをしているアンジェリークを眺める。アンジェリークが一人いるだ

けでこんなに穏やかな気持ちになれるのだろうかと不思議に思う。

 後片付けを終えリビングに戻りかけたアンジェリークが足を止め窓を見た。その瞳が大

きく見開き輝いた。

「ゼフェル様、虹ですよ」

 ゼフェルも窓辺に立ちアンジェリークが嬉しそうに指差す方を見る。何時の間にか雨が

上がり空には虹がかかっていた。

「綺麗・・・」

 うっとりしているアンジェリークを雲間から差す陽光が照らした。

『こいつが側にいてくれるなら』

 雨の日も孤独を味わわなくてもいい。

 ゼフェルは無意識にアンジェリークを抱き寄せていた。

「好きだ」

 ゼフェルの突然の告白にアンジェリークがピクッと反応したのが分かった。

「私、ゼフェル様のお側にいてもいいですか?」

 アンジェリークが震える声で言った。

「側にいろよ。ずっと」

 応えるとアンジェリークは泣きながら微笑んだ。そして「私も好きです」と囁くように応え

た。

 ゼフェルは真っ赤になってアンジェリークの栗色の髪にに口付けた。

『雨は必ず止むんだよな』

 空にかかる虹を眺めながらゼフェルの心も晴れていくのを感じていた。

 

〜fin〜