甘いチョコの作り方


「ん・・・と、このくらいの甘さならいいかな?」
 人差し指でチョコをすくってペロリとなめてみる。甘い・・・どころか苦いと感じるくらいのチョコレートにアンジェリークは満足そうに笑った。
 それをそばで見ていたレイチェルがしみじみとつぶやいた。
「大変だねぇ甘いもの嫌いの恋人を持つと。クリスマスケーキも誕生日ケーキも苦労してたでしょ?」
 しかしアンジェリークは首を振る。ほんのり頬を染めて本当に嬉しそうにふわりと微笑んだ。
「でも全然苦痛じゃないの。ゼフェル様のことを考えながら作るのってすごく楽しいの」
「可愛いvワタシの恋人にしたいくらい」
 アンジェリークをむぎゅっと抱きしめる。アンジェリークはパタパタともがいてレイチェルに抗議する。
「もう、レイチェルってばからかわないでよ。レイチェルこそ渡すチョコできたの?」
「もち!後は冷やすだけだよ」
「エルンストさん喜んでくれるといいね」
「喜ばなかったらぶっとばす!明日は逃がさないからね、エルンスト!」
 まるで勝負を挑むかのようなレイチェルの口調に「何か違うみたい」と思わずにいられないアンジェリークだった。


☆ ☆ ☆
「おはようございますゼフェル様」
「おっす」
 ゼフェルとの待ち合わせの場所にやってきたアンジェリークは早速手作りチョコを差し出した。
「これ、バレンタインチョコです」
 恥ずかしそうに顔を赤らめて差し出されたチョコをゼフェルもテレくさそうに受け取る。
「サンキュ」
 その場で中身を見ようとリボンと解くとアンジェリークが慌ててゼフェルの手を止めた。
「ダ、ダメです。ゼフェル様、一人の時に見てください〜」
 慌てるアンジェリークにゼフェルはキョロキョロと当たりを見回す。人影などどこにも見当たらない。
「オレ達以外誰もいねーからいいじゃねぇか」
 と言いながら包みを開け始めたがまたもやアンジェリークが慌ててゼフェルの手を止めた。
「ダメですってば。一人の時見てくださいよぅ」
 困りはてた顔でゼフェルの手を押さえている。顔を赤くして恥ずかしそうな顔が何だか可愛らしくてゼフェルはますますアンジェリークを困らせてみたくなった。
 ニヤリと笑ってアンジェリークの手を片手で反対に押さえつけ器用にもう片方の手で包みを解いていく。
「どんな変なチョコを作ったんだよ?」
「ゼ、ゼフェル様ぁ」
 中身が現れるにつれ頬の赤みが増していくアンジェリークに笑いをこらえながら蓋を取った。
 中のチョコをじっくりみてゼフェルは蓋を閉めた。その顔はアンジェリークに負けず劣らず赤い。
『やっぱり一人の時にみりゃ良かったぜ』
 とゼフェルは思った。
 チョコは特大ハート型。それだけならまだしもホワイトチョコの文字で「zephel love」の文字。
 これが一人の時なら存分にニヤようが赤面しようが鼻歌歌おうが気にならなかったがそばにはアンジェリークがいる。
 だらしなくニヤける姿なんて恥ずかしい。テレて赤面する顔を見せるなんてもっと恥ずかしい。
 アンジェリークも恥ずかしさで真っ赤になって下を向いたっきりだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 二人の間に何ともいえない空気が流れる。
 今すぐ沈黙を破りたいという気持ちとしばらくこのままでいたいという気持ちで複雑だ。
「あの・・・チョコあまり甘くないですから食べてください。あ、でも無理しないでくださいね」
 沈黙に耐えられなくなったのかアンジェリークがしゃべりだす。
 必至に言い募る姿が可愛くてアンジェリークの頭を撫でた。
 ゼフェルは思い切ってまた蓋を開けた。
 チョコに書かれた文字にへらっと相好を崩しかけたが無理やり顔を引き締める。
 端っこを少し割って口に放り込んだ。覚悟してた程甘くない。ほの苦く結構美味しく感じる。
「まぁまぁだな」
「まぁまぁですか?」
 ゼフェルの曖昧な言い方に不安になったのかアンジェリークの表情が曇る。
「美味いぜ」
「本当ですか?」
「ホントだって」
 アンジェリークの大きな瞳にじっと見つめられゼフェルは顔が熱くなるのが分かり横を向いた。
「味見してねぇのか?」
「しましたけど・・・ゼフェル様の好みに合ってるのかどうか心配なんです。それに固めてからのは味見してないし・・・」
「んじゃ、これちょっとやるよ」
 新たに端っこを割ってアンジェリークの口元に持っていく。
 アンジェリークはとっさに口を開けた。そこへチョコを放り込む。
「どうだ?」
「苦いです〜」
 情けない顔をするアンジェリークが可愛くてくすっと笑う。
 アンジェリークはゼフェルと反対で甘党なのだ。
 「苦い」と言いながらもくもくと口を動かすアンジェリークを見ていたゼフェルがいたずらを思いついたようにニヤリと笑った。
「そんじゃ甘いチョコやるよ」
 ポケットに手を突っ込みながらアンジェリークに向かって言う。
「ちょっと目ぇ閉じろ」
「え?はい」
 何で目を閉じるの?と言いたそうな表情で小首を傾げたアンジェリークだったが素直に目を閉じた。
 ゼフェルはポケットに突っ込んでいた手を出しアンジェリークのくれたチョコを割って自分の口にくわえた。
 アンジェリークの頭を引き寄せ口移しでチョコを食べさせる。
「んくっ」
 アンジェリークが驚いきでパチリと目を開く。
 唇を離したゼフェルが赤くなりながらにっと笑う。
「こーやって食べると甘いな」
「あ、味なんて分かりませんよ」
 真っ赤になったアンジェリークが口を押さえてゼフェルを睨むが全く迫力がない。
 ゼフェルは今更ながら恥ずかしくなりテレ隠しでチョコを一心に食べる。
「普通に食べるのがいいよな」
 などと言いながら。


 いつの間にかチョコは綺麗になくなっていた。
 あたりは夕暮れでそろそろ帰る時間だ。
「こんなにチョコ食ったのは初めてだぜ」
 ぼやくゼフェルにアンジェリークがくすくす笑う。
「全部食べてもらえて嬉しいです」
「おめーのチョコじゃなかったら食わねぇよ」
 嬉しそうに笑うアンジェリークをまぶしそうに見てゼフェルは立ち上がった。
 何だか今日は苦いチョコと甘いチョコを一度に味わった気分だと思いながら。
『ホワイトデーに口移しでマシュマロやったらアンジェ、怒るだろうなあ。でもこいつって怒った顔も可愛いんだよなぁ』
 そんな邪なことを考えているゼフェルに気付かずアンジェリークはニコニコと笑っていた。


〜fin〜