髪を切ったのは、ただ任務の時に邪魔になるから。
 失恋したから髪を切るなんて、私はそんなに古いタイプの女じゃない。





Over.





 蒸し暑い夏の夜だった。
 失恋した友人と待ち合わせた。
 昼間のように輝く街の灯を、今でも鮮明に覚えている。
 いつもみたいに、待ち合わせに遅れてきた銀色の髪。
 顔の大部分を覆う口あてと、隠された左目が印象的な長身の男。
 猫背ぎみに背中を屈めて歩いてきたのは、
 私の待ち合わせの相手。
 はたけ カカシ。

  「ごめん。ちょっと・・・。」

  「いいよ。言い訳は。」

 お決まりの、そして意味の無い言い訳をしようとする彼を、私は遮る。
 ばつの悪そうな笑いを見せて、カカシはごめんと謝った。

  「最初の店、奢ってくれるんなら許してあげるよ。」

  「きびしーなぁ。は。」

 そして、私達は目的の店へと歩き出した。




 妙にテンションの高いカカシは、いつもより良くしゃべった。

  「でさ、最近はナルト達のお守りで大変なわけ。」

 お互いの近況を話したり、昔の思い出を話すのは楽しい。
 時間を忘れて、いろいろ話し込んだ。
 カカシは失恋の話をあえてしなかった。
 多分、こうして話しているだけで、彼の心は落ち着くのだろう。
 今受け持っている下忍の事を、カカシは特に楽しそうに話した。
 楽しそうな彼を見ていると、こっちまで楽しくなる。
 笑って話を聞いている私に気付いて、

  「って、いつも俺の話を楽しそうに聞いてくれるよね?」

 と言った。

  「そうかな?いつだって、人と話をするのは楽しいよ。」

  「ふーん。相手が俺じゃなくても?」

 意味深な彼の台詞に、その時もう罠が仕掛けてあったんだと、今になって分かる。。
 思い返してやっと気が付くなんて、何て失態だろう。
 あの時はまだ、カカシの事好きだったから気付かなかったんだろうなぁ。
 片思いの相手と2人でお酒を飲む・・・と言う状況は、
 私を緊張させ、いつもは鋭いはずの勘をひどく鈍らせていた。






  「これから、どうする?」

 ちょっといい気分になってきた私達は、店を出た。
 夜風が酔って赤くなった頬を撫でて、それが心地良かった。
 いつもなら一軒だけで帰ってしまうカカシが、珍しく『どうする?』と言った。

  「そうだなぁ・・・・・。じゃあ、行ってみる?」

 それだけではピンと来ないようで、カカシは首をかしげた。

  「どこ?」

  「思い出がたくさんある所。」

 私は彼の手を引っ張って、歩き出した。

  「、どこなんだよ?それ。」

  「小さい頃、修行した場所。」

  「ああ・・・・。そういえば、俺も、もうずっと行ってないよな。」

 そこは小高い丘の上で、里が一望できる。
 正確に言えば、私達は子供の頃に一緒に修行したことはない。
 昔話をしているうちに、私達の思い出の風景が妙に一致するのに気が付いて、
 突き詰めていったら、それは同じ所で修行していたからだって分かったのだった。






 丘の上からは、ぽつぽつと街の灯りが見える。
 風が吹き抜けて、草の揺れる音が聞こえた。
 2人でしばらく夜景を見ていたけど、少し疲れていたせいもあって、
 恋人同士みたいに、その場に座った。

  「・・・本当に久しぶりだよな。」

  「うん。懐かしい。」

  「・・・・夜景きれいだね。」

  「意外と穴場かもね。カカシも彼女連れてここに来たらいいんじゃない?」

  「はは、痛いとこ突くなぁ。ま、そんな人ができればね・・・。」

 カカシの事好きなくせに、私はこんな冗談を言う。
 心の中では、私がその相手だったらいいのに・・・って思いながら。

  「じゃ、ここで飲み直す?」

 カカシは微笑んで、さっき来る途中で買ったビールを差し出した。

  「いいね〜。たまにはこーやって飲むのも。」

 彼の細く、長い指からそれを受け取って、流しこむ。
 まだ冷たいビールが、暑い夜を冷やしてゆく。
 でも、私の想いはそれに反比例して、次第に熱くなっていた。
 カカシに想いを伝えたい・・・と考えてしまうくらい。
 いや、カカシにそう仕向けられていたのかもしれない。








 とめどない思い出話に飽きて、私は話題を変えた。
 きっと酔っていたせいもあるのだろう。

  「カカシ。あんたなら、きっとすぐにいい女見つかるよ。」

  「そうだと、いいんだけどねぇ。」

 口あてを下ろしているカカシは、やっぱり格好いい。
 彼と付き合っていた女に、私は少しだけ嫉妬した。
 銀色の柔らかそうな髪が風になびいた。
 手にしていたビールを置いて、カカシは額あてを外す。
 久々に見る右目は、底の知れない、深い赤色。

  「私だったら、カカシみたいないい男と別れたりしないのに。」

  「・・・・、本当にそう思う?」

 あんまり触れてはいけない話題だったかな・・・と思った。
 でも、案外カカシは平気そうな顔をしている。

  「そうだよ。だって強いし、優しいし、かっこいいし・・・・・・。」

 そこまで言った私に、カカシは突然キスをした。

  「・・・・・カカシ。」

  






  「今夜、俺の傍にいてくれないかな?」
 
 


 



 お酒を飲みだしてから、なんとなく雰囲気は分かっていた。
 カカシとの無言の駆け引き。
 カカシがちょっと酔っているのも知ってた。
 私の中に「カカシに抱かれたい」と思う気持ちがあったのも否定しない。
 もし、これがたった一晩だけの関係で終わったとしても。
 決して後悔はしない・・・と。 
 私は覚悟を決めて、頷いた。










 ベッドの上で、カカシはいつも彼とは違って見えた。
 私の知らなかったカカシ。
 鍛え上げられ、余分な肉などついていない体。
 その体に付いている幾つもの傷跡。
 男のくせに柔らかい唇。
 私を見るオッドアイが、綺麗に光っていた。
 でも、それは男としての欲望をたたえた光。








 先に目覚めていたのはカカシの方だった。

  「おはよ。」

 ぎこちなく、カカシは言った。

  「あのさ・・・昨夜はごめん・・・・。」

 やはり、彼は気にしているみたいだった。

  「謝らなくていいよ。私、ちゃんと分かってる。」

 そう、愛してはいない女を抱いて、カカシは罪悪感を感じている。

  「分かってる。カカシは私を愛してるわけじゃないって・・・。」

 黙りこむカカシ。
 予想はしていたけど、改めて自分で口に出して言ってみると、結構つらい。
 涙が出てくるのを必死でこらえた。
 だって、昨夜の時点で私はこうなることが分かっていた。
 彼は私を愛情で抱くんじゃないって分かってて、カカシに抱かれる方を選んだのだから、
 ここで泣くのは卑怯な気がした。

  「・・・・。」

 何か言おうとするカカシを無視して、私は帰るために着替えをした。
 これ以上カカシの声を聞きたくない。
 涙を我慢するもの、そろそろ限界だ。

  「カカシ。昨夜の事は気にしなくていいから。」

 最後にカカシにそう言い放って、私はドアを開けた。












 あの朝、カカシの前では物分りのよさそうな女を演じたけど、その後滅茶苦茶泣いた。
 あの時カカシと寝ないでいたら、今も友達のままでいられたかもしれない・・・
 って後悔したりもした。
 第三者から見れば、カカシはひどい男なんだろう。
 でも、不思議と私は彼を責めたり、恨んだりはしなかった。
 結局私は、いつまでもカカシに片思いしている自分にケリをつけたかったんだと思う。









 それからしばらくして、私は待機所でカカシと会った。
 私は自分から話しかけて、少しだけ当たり障りのない話をした。
 カカシはどこか申し訳なさそうな表情を見せた。
 でも、私が前と変わらず楽しそうに話すのを見て、ちょっとほっとしたみたいだった。




 いつまでも、終わった恋にしがみついてはいられない。
 後悔したって、始まらないから。
 私が髪を切ったのは、その日の午後だった。
 それは、次の恋を迎えるための準備。





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