言葉ひとつで、
落ち込んだりとか、
喜んだりとか。
馬鹿らしくても、
それがレンアイなんだろう。



Jealousy







シャワーを浴びて、
まだ湿り気のある黒髪をくしで丁寧に梳かしている、
彼女の背後からそっと腕を伸ばした。
そんな行動は、
通常の恋人であれば自然な光景だけれど。
今までそんなことに縁のなかった剣豪・ゾロにとっては、
勇気のいる行動だった。

いつもは彼女のほうから回される腕。
彼女から不意に始められた恋は、
彼女の手の上で転がされるかのように、
主導権を握られていて。
彼は何とかその状況を打破しようと、
常々考えていたのだ。
頭で考えているほど簡単ではなくて、
何度かチャンスを逃したけれど、
今日こそは、と。

初めて唇を重ねてから、
ちょうど1ヶ月たったからとか、
そんなくだらない理由だったけど。
彼を動かすのは、
そんな小さなことでも理由が必要で。

彼女は予想していなかった彼の行動に、
くしを止めて彼の腕を見た。
その視線に、
彼がささやかな満足感を感じていると、
彼女はくすりと笑って、
また手を動かす。

腕のたくましさとか、
彼から香る同じ石鹸の香りとか。
それらを感じながら、
ふと、彼女は投げ出された足に目をとめて。
筋肉がついたしっかりした足に、
足先の短い爪。
くしを横において、
足の指にそっと触れる。
そして、一言。

「あなたは、足、親指のほうが長いのね」

人差し指が、親指より長いと、
自分の両親より出世するんですって。
私も、親指のほうが長いのよ。
そこまで彼女の声を耳にした。
まだ何か話していたけれど、
そこからは耳に入らない。
気になったから。

あなたは。

じゃあ。
誰は、そうじゃ、ねェんだ。

些細な言葉の端に、引っかかる。
引っかかりを感じたら、
そればかりが気になって。
その後彼女が何を言っても、
耳をするりとすり抜けていく。

9年彼より長く時を紡いだ彼女。
そりゃあ、自分より経験も多くしているだろう、
色々な分野において。
そんなことは分かっていたけれど。
何故だか、不愉快な気持ちになるのを押さえられない。
何だ、この気持ちは。

「どうしたの?」
堅い表情の彼に気付いて、
彼女は振り返って尋ねた。
安心させようとしたのか、両手で頬を包む。
その手はあたたかくて。
微笑みは慈愛に満ちていたけど。
急に心が締め付けられるような気持ちになり、
腕を荒々しく掴んだ。
「痛いわ。何?」
顰めた顔も、やはり綺麗で。

日々、彼女の見たことのない表情とか、
普段では聞かない声色とか。
手に入れているのに。
焦り。
どこから来るのか分からない、
感じたことのない焦り。
この感情をなんと呼べば良いんだろう。

「誰だよ・・・」
「え?」
「他の、誰だよ」
彼の言おうとしていることが最初は分からなかった彼女も、
彼の不機嫌そうな、
それでいてどこか寂しげな。
そんな表情を見て察しがついたようだった。
彼女でなければ、
あまりに言葉の足りない彼に、
愛想が尽きてしまうかもしれないけれど、
彼女は既に彼の考えていることは驚くほど理解できていたから。
それは少し、今まで出会った男と比べて、
彼が特別だからかもしれない、
そう思っていたから。
それでも、
彼はそれが分からない不器用な男で。
「そんな、たいした人じゃないわ」
さらり、と小さく笑いながら言う。
何がおかしいんだと、彼はまた不満を感じ、
腕を離してベッドに横になり目を閉じた。

何を、焦ってる。
この怒りにも似た、感情は何なんだ。
今こうして隣にいるのに。
過去の、
隣にいたであろう人間に。

気になれば聞けばいいことなのに、
それがおれにはできない。
呆れるだろう。
おれは。
こういう気持ちのとき。
お前にどう接すればいいのか。
なんて言えばいいのか。
この気持ちはどう伝えればいいのか。
知らねェから。
呆れるだろう。

不意に。
彼女の気配を感じたかと思うと、
優しく覆い被さるように彼に重なって、
頬に口付けてきた。
「あなたのほうが、よっぽど素敵」
まるで全てを包み込むかのような、
優しい腕。
焦る気持ちもすうっと薄れていく、心地良い暖かさ。

「それでも不安?」
ありふれた取り繕いの言葉を並べることはせずに、
こうして彼の必要な言葉だけを選び抜く彼女。
敵わねェな、まだ。
そう、
まだ、だ。

彼の表情が緩んだのを確認して、
彼女が唇を重ねようとするのを、
手で制止した。
不思議に思わせる暇なく、
彼は腰に手を当ててくるっと体を回す。
形勢逆転。
そう言いたげに口の端に笑みを浮かべる彼を見て、
彼女は少し驚いてから微笑んだ。
初めての、彼からのキス。
それは少し震えていたけれど。

多くは語らなくても。
こうして触れ合って、
たったひとつでいいから何か意味ある言葉を探して。
お前に気持ちを伝えられれば。

呆れずにおれのことを想ってくれるか。

「・・・・・・てる」
「・・・?今・・・何て言ったの?」
「なんでもないさ」