夕方。夕食が出来たと知らせに来たのは、
いつもの彼ではなくてウソップだった。
街から帰ってきてすぐ部屋に閉じこもり、
ストレス解消とばかりに買い漁った洋服の整理をしていたナミは、
一層不機嫌な顔で部屋を出た。
ウソップはただならぬ雰囲気を察したものの、
下手に口を出すと後が怖いので、特に何も言わなかった。

食卓には今夜も色とりどりのおいしそうな料理が並べられていたけど、
行儀というものと無縁に食べ散らしているルフィとは正反対に、
ナミは食欲が出なかった。

—どうして話し掛けてこないのよ。

話し掛けられても冷たくしてしまうことは分かっていても、
声をかけて欲しかった。
こんなときに自分から心を開けるほど、余裕はなくて。
目を合わせることも出来なくて、
視界は宙を舞っていたけれど、
彼の視線が自分に向けられていないことも、分かる。

—何なの、アイツ。どういうつもり。

無性にやりきれなくて、
目を引きたくて、
自分のことを考えてほしくて。
ナミは持っていたフォークで近くの料理を取り、
隣にいたルフィに向けた。
「ルフィ〜、これ食べた?」
「おっ!それまだ食ってねェぞ!!」
彼はそう言いつつも、
両手は既に塞がっている。
一度料理を手にしたら、誰にもとられないように、
と決して離さないのだが、離せないものの、
ナミの持っている料理が気になるという風に目を輝かせた。
「そ。じゃ、はい、あーんして」
「あ〜〜〜ん」
口に放った料理を、ルフィは満足そうにかみしめる。
「旨いぞコレ!もう1個くれ、ナミ」
「ハイハイ」

そんなやりとりを見ていたほかのクルーは、
ああ、サンジとナミの奴、何かあったな、
そう感じながらも各々料理を楽しんだ。

ただ、彼だけは。

—おれだって、まだ、んなコトしてもらってねェのに!!

タバコの味が、いつになく苦く感じた。
たまには彼女から動いて欲しいと思っていた。
大抵のことなら愛しい彼女だから許せるけれど、
今回は分かって欲しかった。
怒りを見せることで、
彼女のことを本当に好きなんだということ。
けれど声をかけるどころか、
視線すら向けてくれない。
せめてそういうささいなきっかけを作ってくれれば、
彼はすぐに笑顔を向けただろう。
けれど視界の隅にいる彼女は、
つまらなさそうにフォークをくるくる回して、
・・・挙句の果てに。

彼は手に盛り合わせていた温野菜のサラダを持って、
すっとロビンのところに移動する。
何も考えられなくて、出てきた言葉は。
「ロビンちゃん、コレ、おれの自信作。
ロビンちゃんに食べて欲しくて、特にソースは、
お好みのサウスブルー風にしましたvv」
「あら、ありがとう」

こんなことは、子供のやることだと思っても。
そう思っていてもサンジは笑顔で、そうするしか出来なくて。
また視界の隅に映った彼女の顔が、
見たことのないような表情だったのに。

そんな彼らに救いの手を差し伸べたのは、
以外にも黙々と食べ続けていたゾロだった。
「おめェらは、何やってんだ。
おめェらがバカなことは分かってるけどよ、
おれ達を巻き込むんじゃねェ」
「なんですって!」「なんだと!」
抗議の声が被って、2人はようやく、顔を合わせた。
「話、したら?」
ゾロを後押しするように、
ロビンがにっこりと笑いながらそう言った。

2人は食事の場から離れて、甲板へ出る。
海を眺めながら振り向かないナミに、
サンジは自分のほうが後に出てきたことを悔やんだ。

—おれが話しかけなきゃ、始まンねェのか。

新しいタバコに火をつける。
いくら吸っても、イライラが収まらない。

—なんで、おればっかり。
 おれは悪いこと、してねェのに。
 話しかけるくらい、振り返るくらいできるだろ。
 おれのコト好きなら、できるだろ。
 違うのかよ。
 おれはこんなにナミさんのことが好きなのに。

「ナミさんッ」
折角のロビンちゃん(+他1名)の心遣いを、
無駄にするわけにはいかなくて、
サンジは沈黙を破り声をかけた。
その声は怒りのせいで、やや震えていた。
けれども。

振り返った彼女は、
唇を噛み締めて、
声も出さずに目に涙をいっぱいに浮かべていた。

その姿を見て彼は、言いようのない罪悪感にかられる。
「ナ、ナミさんっ!?」
すぐに駆け寄って、強く、強く、抱きしめる。

—ナ、ナ、ナ、ナミさんを泣かせてしまった。
 どうしよう、
 どうしよう、
 どうしよう。

「ごめんナミさん、ごめん・・・」
動揺しすぎて、同じ言葉しか出てこない。
暫くの間そうしていて、やっと、彼女が顔を上げた。
かと思うと。
「このバカッ!!!」
いつもの2.5倍くらいの勢いのパンチがヒットする。
サンジは顎を押さえながら、今度はおれが泣くかも、と思いながら彼女を見る。

「私だけじゃ駄目なの」
絞り出すような、心に訴えてくる、声。
空気が、震える。
「そんなこと、ない」
「じゃあ!」
また溢れそうになる涙を堪えて、
彼女は両手でシャツを掴んだ。
その手で、
そこから伝わってくる切なさで、
彼は自分の心を捕まれたような錯覚を覚え戸惑った。
「じゃあどうして、私以外の人の方を抱くのよっ!!
どうして、私以外にも、優しく、笑いかけるのよッ・・・!!」
「ナミさん・・・」
「私だけで、いいじゃない。もう、こんなに好きになっちゃったのよ」

心が、熱くなった。
————ナミさん。

「もう、遅いんだから。今更、私だけじゃなくても、
いいなんて、言ったらっ」
「ナミさんだけ」
力が入りすぎて震えた彼女の腕を、そっと、覆った。
「ナミさんだけ、大好き」
「・・・だって、サンジ君、」
「信じて、ナミさん。ナミさんに信じてもらえなかったら、
おれ、生きていけない。ちゃんと、話そ、ナミさん」
「・・・うん」

叫び声や、どたどたとした足音が響いてビクビク震えていた、
船長&砲撃手&船医だったが、
急に静かになるとまた不安になるようで、
恐る恐る様子を見に行った。
そこには、さっきの殺伐とした雰囲気がウソのような、
穏やかな2人。
たまにサンジがバンバン叩かれながら、
笑い合って話している。
「心配・・・ねェみたいだな」
ウソップがほっとひと息ついてそう言うと、
3人は安心してその場を離れた。

「これからは肩も抱かないし優しい笑顔も見せません。
誓いマス」
「よし!サンジく〜ん、誓約書もあるんだからね。
破ったら罰金1億ベリー」
「キッツイなあ〜。でも、そんなナミさんも好きだv」
「ハイハイ」
何とか誤解を解いて、
これからは女性に"優しく"笑ってはいけないことになった。
"ヘラヘラ"笑う分には、構わないらしい。
彼には境界があまり分からなかったが、
なるべく意識するようにしよう、と硬く決める。
もう、彼女の悲しい涙だけは見たくなかった。

「ねェナミさん、アレ、もう一回言って!」
「アレって??」
「こんなに好きになっちゃったって」
「ッ・・・!!ばっかじゃないの!」
「言ってよォ〜〜」
「バカ!言わないわよ!」
「おれは、ナミさんのこと大好き」
「へーそう」
「んナミさ〜〜〜んっ!!好きだ———!!」
「うっさい!!!」
 
—いつも笑って、優しいサンジ君。
 怒ったのなんて、初めてよね。
 驚いたわ、すごく。
 でも私も中々引けなくて。
 だってサンジ君の笑顔はやっぱり、
 すごく、魅力があるから。
 不安になっちゃったのよ。
 私を呼んだ声がすごく震えてて、
 ああ、このままじゃ嫌われてしまう。
 サンジ君のこと、好きなのに。
 そう思ったら、悲しくなったわ。
 好きって言うのは抵抗あるし、
 不安を声に出す勇気もなくて。
 それを引き出せたのは、
 サンジ君が私を好きでいてくれてるから。
 私のこと、好きでいてくれてよかった。
 また、こんなことがあるかもしれないけど。

—いやァ、良かった、良かった。
 本気でナミさんに嫌われたかな、と思って、
 かなり焦っちまった。
 自分の気持ちが、
 全然伝わってないんじゃないかと、
 不安だった。
 こんなに不安になんて、
 なったこと、ねェし。
 どうしたらいいのか、
 わかんなくてさ。
 でも、ナミさんがああ言ってくれて。
 ・・・あァ、顔が緩む。
 ナミさんがおれを好きでいてくれるから。
 おれは、満たされた心で生きていける。
 また、喧嘩しちまうかもしれねェけど。

その度にお互いが想い合ってることを忘れずに、
こうして仲直りをしよう。
君のことが、世界で何よりも、大好き。