バレンタイン・ディ



サンジ君が作ってくれるデザートの中で、
一番心がこもってるなァ、と思うもの。
みかんのタルト。
果物を加工すること(特にあっためたり)は苦手で、
そういうデザートも食べなかったんだけど、
サンジ君が作ってくれるものはすごく美味しかった。
それは、特に。
ベルメールさんとの思い出が、
一粒一粒に刻まれているせいだけでは、ないと思う。

今右手にあるのは、そのレシピ。
文字をあまり書けないから、といって絵ばかり(しかも下手)だけど、
うん、何とか作れると思う。
ガトーショコラを作ろうと思ってたのに、
あのバカ船長にチョコレートを食べられてしまったから。
作ったことはないけど、頑張ろう。

「そうか、今日のおやつはナミが作ってくれるんだな」
にこやかに言うチョッパーを、おれは冷たく睨みつけた。
「バカ野郎、ナミさんはおれのために作ってくれてるんだ。やらねェよ」
昨日のナミさんの愛の言葉が忘れられねェぜ。
ひとかけらだって残さず食べるんだ、おれが。
「いや、でもナミは今朝、おれ達にもくれるって言ってたぜ」
とんでもないことを言ってきたのは、ウソップ。
その横でルフィは苦いカオをしている。
「おれにだけ、くれないって」
「おめェはしょうがないさ」
「なにぃ!?ナミさん、おれだけだって!!」
「じゃあ、ナミに直接聞いてみろよ」
自信満々のウソップ、喜んでいるチョッパーの姿を横目に、
おれは一目散にキッチンへと向かう。

勢いよくドアを開けると、
ナミさんが驚いたカオで振り向いた。
みかんの甘い匂いが漂っている。
「どうしたの、サンジ君」
「ナミすわ〜んっ!!みかんタルト、おれのためだけに作ってくれてるんだよなぁっ??」
「一応皆の分作ってるわよ」
「なななナミさん!!だって昨日、愛を込めるからおれにだけって」
「だって、あいつら食べ物につられてすぐ来るでしょ。
あげないってのもかわいそうだからさ。
大きいの作ってるから大丈夫よ」
「いや、おれが一人で食う!!」
「はァ??」
「ナミさんの愛はおれだけのものだ!!」
「何バカなこと言ってんの、取りあえずまだ途中だから邪魔しないで」
「ナミさん、それはおれだけのだからなっ!!」
「いい加減にしろ〜っ!」
「うっ!!」
ナミさんの右手が、おれの顔面を直撃した。
「邪魔!!!」
そう言いきられて、おれは外に追い出された。

・・・楽しみにしてたんだけどな。
おれにだけ、ナミさんが作ってくれるって展開。
ナンか、公認、みてェでいいかナ、と。
おれにだけ、じゃ、ないのか・・・
仕方ねェけど。
あ〜ぁ・・・・・・





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うん。
我ながら、よく出来たと思う。
勿論サンジ君みたいにカンペキな味にはならなかったけど、
このくらいなら皆の口にも合うだろう。
・・・さっきは、かわいそうなことしたかな。
サンジ君の気持ちもわかるけど、
確かに昨日はあんな風に言っちゃったけど。
一応、皆にはお世話になってるし、ね。
丁寧に、丸く焼けたタルトにナイフを入れる。
サンジ君と、チョッパーと、ウソップと・・・
ゾロは、食べるかな?
一応ゾロの分と、ロビンの分。

そういえば今日は、朝食以来二人の姿を見ていない。
まあ、ゾロはいつもどおり寝てて、
ロビンもいつもどおり本を読んでいるのかな。

キッチンを片づけてから、タルトを片手に外に出た。
匂いにつられて早速、チョッパーたちが駆け寄ってきた。
「おおっナミ、うまそうだな」
「待ってたぜェナミ!ちょうどおやつの時間だ」
「はいはい、後で5万ベリーね」
「いや金取るのかよ!!」
「ナ、ナミィ」
よだれを抑えきれず名前を呼んできたのは、ルフィ。
「おれ反省してるから、頼むっおれにも食わせてくれ!」
「・・・ホントに、反省してんの?」
「あァ!!」
「・・・しょうがないわね。アンタの分も分けておいた。
今度、同じ事やったら絶対海に沈めるから」
「ナミィ〜!サンキュー!」

昨日はあんなに怒ってたけど、
今は、いいやって気持ちになっちゃってるのは、
サンジ君の力が大きい。
どんなにイライラしてても、
あの声と腕だけで、心の底から安らいでしまう。
やっぱりアイツの存在は、大きい。
「ねえ、サンジ君は?」
「何か拗ねて、男部屋に引きこもってるぜ」
「全く、もう」
ゾロやロビンに渡してから、とも思ったけど、
姿が見えないし、また寝てたり本読んだりしてるのを邪魔するのもアレだし。
サンジ君のところに、向かうことにしよう。

「サンジ君、まだ拗ねてるの?」
男部屋には、鍵がない。
ノックをしてから入ると、
サンジ君は部屋を煙で満たそうとしているかのように、
何本もタバコを吸っていた。
タバコの吸殻が、空き缶にいっぱいになってる。

「吸いすぎ。せっかくタルト作ったのに、味分からなくなるわ」
「分かるよ」
まだ吸いかけのタバコを荒々しく消して、立ち上がると突然、
私の頭に手をやって口付けた。
驚きで、お皿を落としそうになる。
左手に隠していた包みは床に落としてしまったけれど、
サンジ君は気にも止めずに口の中を侵し続ける。
苦しくなって、空いた左手で拒もうとしても、
サンジ君の右腕によって動きを封じられてしまう。

タバコの匂い。タバコの味。苦い、ビターなキス。

少しして、唇がやっと離れた時、
力が入らなくてその場に座り込んでしまった。
「もう、サンジくんっ」
抗議しようとして、今度は優しく抱きしめられて。
言葉に詰まった。

・・・ジェラシーってのを、感じてたのかな。
言葉にはしないサンジ君が、
少し愛しくなって、
耳元に小さなキスをする。
左手を伸ばして包みを手にとって、
「・・・サンジ君。これ」
「え?」
やっと我に返ったように、
体を離して、それを受け取る。
「コレは・・・」
「バレンタインのプレゼント。
一応・・・アンタは特別、だから」
「ナミさん」
サンジ君は照れたように微笑みながら、
そっと、包みを開ける。
プレゼントは、ネクタイ。
サンジ君の瞳の色と同じ、スカイブルーの。
「カッコイイ」
「でしょ」
「ナミさん、おれ、子供みてェに、嫉妬っていうか、その」
申し訳なさそうに弁解している姿がおかしくて、
思わず私は吹き出してしまう。
「分かってるわよ」
「ナミさん・・・おれ、めちゃくちゃ嬉しい」
「じゃあ早速、つけてみせてよ」
「ん」
ちょうどノーネクタイだった首元に、
手際よくネクタイを巻いていく。

ネクタイを締める仕草がセクシーだとか、
昔誰かが言っていたけど。
確かに、そうかもしれない。
「私も支配欲強いのかな」
「え??」
「それつけてたら、サンジ君が、私のよ、ってカンジ」
「おれは、いつでもナミさんだけだよ」
まっすぐな瞳。
その瞳が閉じられるのと一緒に、
私も目を閉じる。
優しくて、甘い、キス。
たまにこんなことで嫉妬するのも、
呆れるほど私のことばかり考えてくれるとこも、
嬉しいし、幸せよ。

でも・・・
「ちょっとっ!!」
「え?ナニ、ナミさん」
肌に直接触れたサンジ君の指の感触。
「すぐ調子に乗るんだから!
こんなトコで、できるわけないでしょ」
「スリルあっていいじゃんっ」
「い・や!!」
大体、昨日もそうしたばかりじゃない。
愛してくれてるのは嬉しいわ。
でもなんでこんなに貪欲なのかしら。

バレンタインデーを、少しは楽しめたかな。
でも、サンジ君なら、さ。
チョコレートよりみかんより甘い思い出で、
どんなイベントも楽しくしてもらえそうね。