毎年この日は、どう過ごしてたっけ。
ここ数年はずっと、何月何日が何の日、
なんて事は考えてなかった。
小さい頃は・・・
確か、逆にゲンさんにねだってた気がする。

手の中にあるのは、細い包み紙に包まれた箱。
綺麗にリボンがかかった箱を、手の中で転がす。
何日か前に用意しておいた。
この日は、残念ながら島には寄れないから。

明日キッチンを貸してねって言ったら、
「いいよォ〜」ってでれでれ笑いながら言ってた。
そりゃ、アンタの料理には負けるわよ。
でもさ、たまにはさ、頑張ってみるわよ。
可愛らしく、女の子らしいことしてみるわよ。

「ナミさん、ナミさん」
いつも私を呼んでくれる声。
いっぱい抱きしめてくれる腕。
優しい唇。
たまには、ちょっとだけでも、
返してあげなきゃね。

って、思ってたのに。





「ルフィ、アンタねェ〜〜っ!!!!」




バレンタイン・イヴ



「ナミの奴、随分荒れてるな」
ゾロは触らぬ神にたたりナシ、ということで、
遠巻きに見ながら、
同じように巻き込まれないようにと離れていたウソップに話し掛けた。
「それがよ、ルフィがチョコレート食っちまったんだと」
「チョコレートォ??」
「ほら、明日バレンタインだろ。
ナミがこの前製菓用の買ってきて冷やしといたのを、
見つけて食っちまったらしい」
「あぁ、そういうコトか」
2人は荒れているナミと、逃げまくっているルフィ、
それから巻き込まれたチョッパーを見ながら、
深くため息をついた。

「お疲れさま」
「もう、参ったよ・・・」
ルフィに罪を擦り付けられそうになり、
なぜかルフィとともに逃げていたチョッパーは、
何とか誤解を解きロビンのところへ駆け込んだ。
ロビンはふふと笑いながら、
チョッパーの頭を軽く撫でる。
「航海士さん、相当お怒りね」
「うん・・・ルフィ、完全に海に沈められそうだよ」
「女の子らしいわね」
「そ、そうかなあ・・・怖いけど」
「ふふふ」

「待ちなさ〜いっ!!!」
「許してくれ〜ナミ〜!!」
「許さない!!」
どたどた音を立てて、船の中をぐるぐる走り回る。
その音を聞いて、やっと、キッチンからサンジが顔を出した。
勿論ナミの叫び声がすっと聞こえていたんだけれど、
料理の下ごしらえで手が離せなかったのだ。
「ナミさん、どうしたの」
「サンジ!!助けてくれ!!!」
顔を出した途端、ちょうど目の前にルフィがやってきて、
ものすごいスピードで背後に隠れた。
追いついたナミの顔は、
サンジが見たこともないくらい怒った顔。
「ナミさん、落ち着いて」
取りあえず自分の命に関わるかもしれない、と、
サンジは2人のケンカを止めようと試みる。
「サンジ君、ルフィを渡しなさい」
しかしナミの怒りは全く変わろうとしていない。
「おいクソゴム、ナミさんに何したんだ」
「お、おれ、ちょっとつまみ食いを・・・」
「あぁ!?またしやがったのか。
でもまァナミさん、明後日には島に着くし、
そんなに食材も減ってないしさ」
「そうじゃないっ!!!」
「え???」 
ふと、寂しそうな表情をする。
そうかと思うと、また怒って、体を翻した。
「もう、知らない!!!ばかッ!!!」
女部屋に走り、力強くドアを閉める。
ルフィはほっとしたように胸をなでおろす。
「ば、ばかってナミさん、おれも入ってるのかなあ」
「は〜、助かったァ」

ばか。
せっかく、せっかくなのに。
初めてちゃんとしたバレンタインデーを、過ごせると思ったのに。
ルフィ達にだって作ってあげるつもりだったわよ。
なのに。
サンジ君に喜んでもらおうと思ったのに。
何でルフィをかばうのよ。
もう、いい。

「ナミさん、それで怒ってたのか・・・」
「何にやけてんだよ」
事の事態をウソップから聞いたサンジは、
にやけた顔を引き締められなかった。
「いやぁ、ナミさんそんなにおれのこと考えてくれてたんだなァと」
「おれ、ナミが怒ってるの怖いから、
なんとかしてくれサンジ」
チョッパーも必死だ。
サンジはオーケーと両腕を広げる。
「ナミさ〜ん、今行きま〜スvvv」
女部屋へとそそくさと去っていくサンジの背後には、
ぼこぼこに蹴られたルフィの姿も。
「ルフィ、大丈夫か?」
「チョッパー、助けてくれ」
「盗み食いは控えたほうがいいよ」
全くだ、と3人はしばらく冷蔵庫には手を出さない事を決意した。

「ナミさん、開けて」
ノックをして、声をかける。
しかし怒っているのか、全く開かれる気配はない。
参ったなあと頭を掻いて、
サンジはドアにもたれかかる。
「ナ〜ミさん、話、聞いたよ」
こっちの話を聞いてるかどうかは分からないけど。
「ナミさんは怒ってるだろうけどさ、
おれすげぇ嬉しかったよ」
明日キッチンを貸してって言われたときも、
本当に嬉しかったけど。
貸せなくなったのは残念でも、
ナミさんが怒るまで明日のことを考えてくれてたのが、
嬉しい。
いやぁ、幸せモノですなァ、おれは。
タバコに火をつけ、ふう〜っと煙を吐き出そうとして、
ドアが突然開いて思い切り後ろにのけぞった。
「きゃあ!」
「うおぅっ!!」
当然そこにいたナミさんもおれのせいですっ転ぶ。
どたんばたん、と豪快な音がして、
おれはあろうコトかナミさんを下敷きにしてしまった。
「ナ、ナミさんごめんっ!!!」
「・・・このばかサンジッ!!」
恒例のナミさんパンチ。効きます。
「ごめんナミさん、痛かった?」
ここぞとばかりに体を触りまたパンチを食らったわけだけど。

ナミさんははあ、と小さく息をはいて、
苦笑しながらおれを見た。
後ろ手にドアを閉めてから、残念そうに嘆く。
「明日のチョコ、ルフィに食べられちゃった」
「うん」
「私、ちょっと楽しみにしてたんだ」
「ナミさん・・・」
「ほら、バレンタインをお祝いなんて、したことなかったから」
言い終えないくらいのところで、おれはナミさんを抱きしめる。
たまに素直にこうして、
可愛いところを見ちゃうとまた惚れ直す。
「おれも残念だけど、その気持ちだけでもめちゃくちゃ嬉しい」
チョコレートなんかなくても、
おれはナミさんの甘さだけでとろけちゃうワケ。
だから、ヘーキ。
「うん。じゃあさ、明日は別のもの作る。
私、バレンタインやってみたいんだ」
「OK、すっげぇ楽しみにしてる」
「サンジ君みたいに上手に、出来ないけど」
「ナミさんの愛があれば、もう、何でも」
「じゃあ、サンジ君以外にはあげられないわね」
「んなっ!!!」

サンジ君が優しいからさ。
たまにはストレートに言うのも、悪くないと思ったのよ。
怒ってても何してても、
アンタのとろけたような声聞いたら、
なんか緩んじゃうから。
バカな奴だけど、
抱きしめられるとやっぱり心地よいから。
だから言ってみたんだけど・・・

「あああもう分かったからっ!!離しなさい!!」
抱きついて離れない。
言うんじゃなかったわあんなこと。
「ナミさんおれナミさん大好きだああ」
「はいはいわかってるって!もー!」
この調子じゃ、明日どうなるのかしら。
やっぱりこんなのは、一年に一度、
2月14日だけでいいわ。