どうしよう。
どう考えても、答えが、出ない。
—ううん、答えは出ているんだけど。

「航海士さん、どうしたの?怖い顔してる」
ロビンが心配そうに話し掛けてきたのも、
ここ数時間部屋から出ずに海図とにらめっこしてる私を見ていたから。
どうしよう。
一年に一度の、大切な日なのに。
だって、まさか、こんなに悪天候が続いて、
航路が、逸れるなんて、思わないじゃない。
まさか・・・・・・

彼の誕生日までに、
島に立ち寄ることが出来ないなんて。


HAPPY BIRTHDAY MY LOVE



「そう、それで悩んでたのね」
「うん・・・どこかに寄れる思ってたから、
私、何も用意してないの。それどころか、
食料だって多く残ってるわけじゃないから、
先のこと考えたら、豪華な食事すら出来ないっ!」

答えは、出てる。
一つ、彼のプレゼントを買えないということ。
一つ、パーティできる程、食材がないということ。
毎日、残りの食材を切り詰めて料理をしてくれる彼が、
自分の誕生日は大目に見る、なんてことは決してしないだろう。
他のメンバーなら、喜んで腕を奮っても。

「でも、あのコックさんなら、何もなくても気にしないんじゃないかしら。
それこそ、貴女がいれば」
「それは・・・・・・そう思ったけど」
多分彼は、笑顔で言うだろう。
プレゼントなんかなくても、ご馳走なんかなくても、
おれはナミさんがいるだけで十分。・・・と。
ウソじゃないだろうし、
きっと、そう思ってるだろう。
だけど。

私が、それじゃ、いやなの。
折角・・・その、他より、大切な・・・人だから。
祝って、あげたいじゃない。
3月2日っていう、特別な日を。
特別な人のために。
いつもと違うこと、したいじゃない。

けれどそんな私の気持ちとは裏腹に、
天気は更に悪くなっていった。
ため息ばかりついて、ロビンと話し合っている中、
荒々しくドアが開かれ血相を変えたウソップが入ってきた。
それと同時に突風が部屋を駆け巡り、
手元にあった海図が宙を舞う。
「大変だ、ナミ!雨が酷くなってきて、浸水してきちまった」
「分かった!針路、変えたほうがよさそうね。・・・ああ、もう」
「航海士さん、落ち着いて。私も手伝うわ」
「・・・・・・。うん、お願い」

夜通し、皆で破損を直したり、水を船からかき出したり、オールを漕いだり。
彼は、平行してみかんをずっと、守っていてくれて。
私は進路を確認するのに手一杯で、話なんて全然出来ないまま、
3月2日になっちゃって。
結局天気が収まったのは、朝6時。
それでもあまりにも寒い気候で、
暖かくした部屋に戻った途端、
疲れもあってベッドに倒れこんでしまう。
起きなきゃ、起きなきゃ、駄目じゃない。
そう思ってても、体が動かなくて、
瞼も重くて、意識なんてあっという間になくなってた。

「・・・よし、と」
折れかけていた枝を補強し、何とか、被害は最小限に出来たと思う。
何本か風で飛ばされてしまったのが、悔やまれたけれど。
落ちたみかんは全て拾い、
形のとどまっているものはデザートに、
そうでないものはジュースやソースにしよう、と考えながら、
みかん畑を離れようとすると。
「あなた、まだ起きていたの?」
こちらに向かってきたロビンちゃんが、声をかけてきた。
「ロビンちゃんvvゆっくり、休めました??」
「ええ。お蔭様で。あなたは?」
「いやァ、目が冴えちゃってさ。ホラ、みかんの木も心配だったし」
ロビンちゃんの笑顔は、いつもに増して優しい。
まァ、その理由は、さすがに自分でも分かってる。
「誕生日なのに、ご苦労様」
「覚えててくれたんだ、ロビンちゃんvv」
「ふふ、彼女がずっと昨日、嘆いていたもの」
「ナミさんが?」
「ええ。悩んでたわ。どうしようって」

ナミさん、ずっと真剣な顔してたもんナ。
バレンタインのときもそうだったけど、
ナミさんはそういうこと、
大事にしてくれるんだよな。
おれは、その気持ちだけでも十分。
「ナミさんは?」
「ぐっすり眠ってるわ。私が起きた物音にも気付かなかったみたい」
「そっか、ナミさん大変そうだったもんな」
「寂しそうね」
「はは」
否定は出来ない。
でも、ナミさんを叩き起こしてまで祝ってもらおうなんて、
そんな小さな男じゃないわけで。
「じゃあ・・・彼女が起きるまで、私がお祝いしましょうか」
「え!?あなたのような素敵な女性と生まれたこの日を過ごせるなんて、
僕は幸福な人間ですvvv」

ふと、目が覚めて、私は眠ってしまったことに気付いて飛び起きた。
ヤバイ。
この体のすっきり具合、かなり、眠っちゃってる。
近くの時計に恐る恐る手を伸ばす。
せめて、せめてお昼くらい・・・
そう望んでも、時なんてあっという間に、
人の心なんか気にも止めず去っていくもので。
長針は、7。短針は、8。
ああ、私を追いかけているサンジ君みたいだわ。
何故かそんなこと、呑気に考えた。

・・・そんなこと、考えてる場合じゃない!!!
12時間以上寝るなんて、ありえないわ、私。
どうかしてる。
ロビンの姿はない。
もう、起こしてくれたっていいじゃない。
そのまま飛び出したかったけど、
鏡に映る私の髪の毛はボサボサで、服も皺だらけ。
急いで整えるけど、その間にも、
今日という日は減っていく。
やっと着替えも終えて部屋を出る。
外には、ロビンと、ウソップとチョッパーの姿。
「あら、お目覚め?」
「ロビンッ!!何で起こしてくれなかったのよ〜っ!」
「起こしたのよ、でも、目覚まさないんだもの」
「仕方ねェさ、おれ達もさっき起きたばかりだ」
お気楽に両手を上げて伸びをしているウソップに、
とりあえず一発食らわせておく。
「ね、サンジ君は??」
チョッパーが柱に体を隠しながら、答えてくれる。
「サンジなら、メシ作ってくれた後、
部屋に行って寝たぞ。ずっと起きてたみたいなんだ」
「そう、みかんの世話、してたわ」

—サンジ君。
あなたの、誕生日なのに。
バカね、どこまで優しいのよ。
そんなサンジ君だから、お祝い、してあげたいのに。
したいわ、やっぱり。
あなたのこと、きちんと。
こんなにいつも、私のこと考えてくれてるんだから。
冷静に、考えよう。
何か・・・何か、彼に贈れるもの。

「それにしても、冷えるな。
グランドラインはとんでもねェとこだな」
ウソップの何気ない一言。
・・・もしかして。
もしかしたら。
このグランドラインの中、何が起こっても不思議じゃない。
冬島を出て、だいぶ経った。次は秋島。
私たちの世界で通用する気候は・・・多分、9月。
空を見ると、冷えはするものの、天気は良くなってる。
星が、見える。
けれど、月明かりは、さほど強くはない。
もしかしたら。
思いついてすぐに部屋に戻って、海図を広げる。
今まで通った針路を確認する。
・・・。
これは、
イケるかもしれない。

「ウソップ!!チョッパー!!ロビン、手伝って!!」
「ど、どーしたってンだナミ。部屋に走ったかと思えば」
「ねえ、ルフィとゾロは!?」
「いや、あいつらまだ寝てるけど」
私は男部屋へダッシュ。
サンジ君は起こさないように、
ゾロとルフィをハンモックから無理矢理落として起こす。
「あァ・・・もう朝か?」
「朝よ、早く起きなさい」
「おう・・・・・・」
「ナミかーおれ眠ぃ」
「ルフィ、肉の島が目の前よ」
「何!行くぞ」
二人を起こすのに成功して、外へ連れ出す。
「コラナミ、まだ夜じゃねェか!!しかもなんだこの寒さは」
「うっさいゾロ!!寒かったら腹巻何枚でも巻けばいいでしょ!!
———いい、聞いて。サンジ君の誕生日、みんなで祝うのよ」

その言葉を聞いて、肉の島を必死に探していたルフィが、にっと笑った。
「そういうことか」
ルフィ、さすがね。あんたは分かってくれると思ったわ。
ゾロは不満そうな顔をしているけど、
気にしてられない。
私が舵を取って、皆が一斉に船を漕ぐ。
急がなければ、あと、3時間。
けれど、正確に。

—神様、どうか、お願い。
自然は、私たちを苦しめるためだけにあるわけじゃないでしょう。




*************




・・・ん?
今何か冷たいものが、唇に。
雨漏りか?
ああ・・・結構、寝たかな。
目を開けると、そこには、ナミさんの顔。
「っ、わ!!」
「あ、起きた?」
いたずらに微笑む可愛すぎる彼女。
「ナ、ナミさん、今」
「目覚めのキス。起きましたか、王子様」
おどけながら言うナミさんは、何だか上機嫌な様子。
おれのマネをしたような口調に、何だか照れちまう。
ナミさんはいつもこんな気持ちなのかナ、なんて。
「起きました、姫!」
もう一度、改めて、キス。
さあ、甘い夜が始まるのか?と思ったら、
ナミさんはおれの手を引いて立ち上がらせた。
「??」
「外に来て、サンジ君」
外。何だ、積極的だなナミさんっ。
そんな阿呆な考えを持ちながら、
ナミさんに引かれるままに部屋を出た。
・・・ん。
ナミさんの腕は冷たい。
さっきもキスがすごく冷たかったけれど、
ナミさん、ずっと外にいたのかな?

部屋の扉を開けてすぐ、
ルフィやウソップのはしゃいだ声が耳に飛び込んできた。
何だ、こいつらどうした、と思うのもつかの間。





目に飛び込んできたのは、
あまりにも綺麗な空にかかったカーテン。
寒空の、かなり高いところにあるけれど、
その輝きはまるで手に届くのではというくらい、
近くに見える。これは・・・
「オーロラっていうの。ノースブルーでは、見たことなかった?」
「・・・全然」
「驚いたでしょ??私もね、見るのは初めて。
でも聞いたことはあったんだ。
寒い地方で、快晴で、でも月明かりはない日。
見えるのは気候的に9月から4月。
真冬より少し秋や春に近いほうがいいんだって。
あと、太陽風とか磁気風とか、専門的なこともあるんだけど、
・・・そんなこと、どうでもいいよね」

「今、11時55分。午前0時付近が、一番見やすいの。
遅くなっちゃったけど、間に合ってよかった。
サンジ君、誕生日、おめでとう」

・・・ああ。
ナミさん、おれのために、ずっと、
外でこれを見れるように頑張ってくれてたんだ。
見れば、ロビンちゃんやその他も、
頬を赤くしながらオーロラに見入っている。
アイツらも、皆で、こうしてくれたってことか。
・・・なんだ、感動しちまったじゃねェか。

「皆からのお祝いだけど、喜んでくれた?」
「すげえ、嬉しい。ありがと」
改めて礼を言うのが少し照れくさい。
とは言っても、ルフィやウソップ、チョッパーの耳には届いていないようだが。
はしゃいではいるけど、おめェら、大変だったんだろ?
普段は食料盗み食いばっかしやがるくせに、
こんなことされたら、笑って許すしか出来なくなるだろうが。
マリモ、もう寝てンのかよ。
もう堪能したのか。まァ、てめェにはあんまり興味ねェか?
それでもおれが出てきたときはまだ起きてたな。
修行とメシ以外で起きるなんざ、
中々、いいとこあるんじゃねェか。
ロビンちゃん。
ウソップとチョッパーが起きるまで、
ずっと話してくれてた。
ナミさんの話。いつもナミさんが、何言ってるかって。
どれだけおれのことを考えて、くれてるかってこと。
あれだけでも、天にも昇る心地だったんだけどな。

ナミさん。おれ・・・。
誕生日迎えたけど、
新たな気持ちで、また。
ナミさんを愛し続けることを、誓おう。
この、偉大な自然美に。
負けないくらい輝いている、
少し息が上がって頬が上気してる、君の笑顔に。
 
サンキュ、
ロビンちゃん、ルフィ、マリモ、ウソップ、チョッパー。

ありがとう、
大好きな、ナミさん。