どんなに叫んでも
もう聞こえない。









かたん・・・
酒の瓶が、壁にぶつかった。
頭が重い。
部屋の空気も、淀んでいる。
目をこすって、何とか起き上がる。
周りに転がる空瓶を見て、
あァ、
飲んだまま寝ちまったんだったか・・・と思い出す。

 
                               —黒い、長い、髪


まだ重い頭を抱えて、部屋の扉を開ける。
外は、薄暗い。雨が降っているようだ。
灰色の海は、
あまり穏やかではない。
今日の針路には気を付けねばならないだろう。


                               —すらりと伸びる、細い腕と足


まだ早朝のようで、
他のクルーが起きている気配はない。
まるで・・・

この船の中に、

 
                               —優しい、声


おれ一人しかいないような錯覚。

甲板に出ると、
思いのほか強い雨が、躯を打った。
髪を、服を伝う水が、やけに冷たく感じた。


                               —感触。雰囲気。


空を見上げると、
切れ目のない、真っ黒な雲。
どこまでも、続いている。
どこかに光が一点でも射していれば、

このどうしようもない想いから、
抜け出す希望を抱けるのに。



出来ることなら
離したくなかった。
離れたくなかった。


多くの伝えたかった感情が自分の中であふれている。
この想いをどうすればいい?
やりきれない感情を、
どう消化すればいいんだ。
お前の存在だけが、
たったひとつのかけがえのないものだった。




お前の傍が何より心地良くて
おれの居場所は
きっとそこにしかなかった。



雨が、止むことなく降り続く。
冷えていく躯に、
しかし、
ただ頬を伝うのは、暖かい・・・    雨。




もうお前はここにはいない。