例えば、君が航海士じゃなければ。
例えば、君と出会ってなければ。
例えば、君が生まれてなければ。
そんな仮定は、並べるだけ無駄だけれど。
そんな可能性も、あったと思ってた。


例えば






「ナ〜ミ〜さんっ」
ドアを2回ノックして、返事を待つ。
左手には、フルーツケーキとラズベリーティー。
数あるレパートリーの中から、
毎日君のために、
どれがいいカナとか。
選んで作って、
食べてもらって、
君の笑顔を見ることに。
大きな喜びを、感じているコト。
君に、伝えても、冗談だと笑うけど。

「開いてるわよ〜」
きっとドアを振り返りもせず、
航海日誌を書きながら、
声だけをこっちに向けているんだろう。
まァ、そんなことでヒクツになったりしないさ。

「失礼します」
ノブを回して、静かに部屋に入る。
午前10時、1度目のおやつの時間。
朝食後の、それぞれの仕事の時間。
ナミさんの部屋を訪れることが出来る、
数少ない鍵。
ナミさんは航海日誌や海図を一生懸命書いてて、
おれはそんなナミさんのために、
おいしいデザートと紅茶を入れる。
・・・それだけってワケじゃねェぜ、
ちゃんと朝食の後片付けも、
みかんの見張りもするさ。
けど頑張ってるナミさんのために、
おいしいもの作るのも、大切な仕事でショ。
 
ナンて。
おれが、一秒でもナミさんの傍にいたいってだけ。
それだけが、理由。

航海日誌に書かれている内容は、
おれにはわからねェ。
海図だってナミさんが描いてるのを見て、
あァこんな風に進んできたのか、と、やっと理解できる。
おれには出来ないことをやってるときのナミさんは、
カッコイイ。

「ん、おいしい。甘酸っぱいね、この紅茶」
「今日はちょっと、ラズベリーをすり潰して入れてみたんだ」
「香りも良いわね。集中力復活したわ、何だか今日は眠くって、
進まなかったの。ありがと、サンジ君」
ナミさんのコトなら何でも分かりますカラ。
右腕を大げさに体の前に回してそう言うと、
また君は呆れたように笑うけど。

朝食の時のナミさんの様子。
食事の進み具合だとか、
声のトーンだとか。
毎日、気になっちまうんだよ。
ちょっとでも何かあれば、
例えば、
眠そうだなとか。
そう思えば、味の濃い紅茶を用意したり。
寒そうにしていれば、
温まるメニューを用意したり。
勿論、ナミさんの美しいプロポーションのために、
カロリー計算もばっちりさ。

ここまで君のことを考えてしまうおれを、
「サンジ君って女に優しいのね。ホント、女好きなんだから」
そりゃないぜ。
オンナノコは大好きです、勿論。
女性は守るべきだし、
優しく扱うべきです。
柔かい体や、透き通った声も、
魅力に溢れてンだけど。

君は、特別。

例えば、
おれに出来ないことが出来る、
それに対する尊敬だとか。
故郷を守るために、
必死に戦ってきた強さだとか。
仲間のことを、
本当は何より大切にしている優しさだとか。

特別。

近くにいればいるほど、
君に惹かれていくし、
離れてしまえば、
また君に会いたいと強く思う。
初めて出会った日から、
そう考えていたなんて、
信じちゃくれなくても。

こんなに想っている事、
伝えたいから毎日アプローチするものの。
『はいはい、分かった分かった』
『紅茶、ご馳走様』
『後片付けお願いね』
おれの性格上、
中々伝わらないらしい。

どうしたら伝わるかな。
参ったな。
おれ、
こんな感情は初めてだからわかんねェ。

「ナミさんさ、」
「ん?なに?」
「おれとナミさんが出会うべくして出会った確率は、どのくらいかな」
「何、それ」
食べかけのケーキを口まで運んで、
ナミさんはくすりと笑う。
「その中で、おれが振り向いてもらえる確率はどのくらいかな」
めいっぱい真面目なコエで、
真剣なカオをしてみたんだけれど。
ナミさんはケーキのほうを見ていて、
おれのそんな気苦労なんか気付いちゃいない。
ゆっくり味わって飲み込んで。

「そんなの、0か100じゃない」
残りの紅茶を飲んで、
空いた皿とティーカップを重ねる。
「出会わなければ0で、今は出会っちゃったんだから、100でしょ。
例えば、会うって確率が神様とか何とかで、
99%って決められていたって、会わなかったら0と同じ」
さらりと言って、フォークを持っていた手に、
ペンを持ち替える。インクのふたを開けると、
甘い香りの部屋につんと鼻をつく匂いが加わる。

「やっぱりナミさん頭良いな」
「はいはい、じゃ、サンジ君ご馳走様。
私は続けるから、みかんの護衛よろしくね」
「お任せください、ナミさん。—それじゃ、またあとで」
綺麗に食べ終えた皿を手に、
部屋を出る。扉を閉める前に、
ただもう一言だけ。
「後者も、100になると、いいんだけどな」
今は10%でも1%でも構わない。
最終的に、
君が振り向いてくれれば。

特別な君のために、
ありったけの愛の言葉を。
出来る限りの旨い料理を。
この想いが伝わるように、今日も、明日も、これからもずっと、
君に捧げていこう。
おれの100%の愛が、
今は君にたった1%しか伝わらなくても。
最終的に100になれば、振り返ってくれれば、
それで結果オーライだろ?