雨。今日は一日中雨。


Rainy Day







雨は、嫌いじゃない。
それは、幼い頃必死の思いで海賊船から盗んだ宝を抱えて、
必死に駆け抜ける私の火照った体を冷ましてくれたから。
それは、誰かを傷つけたときの返り血を、拭ってくれたから。
それは、簡単に涙の跡を消してくれたから。

でも湿度が上がるのはイヤ。
もう十分なのに、体が冷えすぎるのもイヤ。
色んなこと、思い出すのも、イヤだわ。

「ナミさ〜ん、温かい紅茶をお持ちしました」
ノックの音と共に、いつの間にか仲間になっていた
あのコックさんの声が聞こえてきた。
「開いてるわよ」
「失礼します」
ちょっとおどけながら、
彼は雨に濡れないようにティーカップの上にのせていたお皿を取り、
私に渡した。ほんのり甘い香りが、部屋中に広がる。
「ありがとう、サンジ君」
「いえいえ」
 
紅茶を持ってきただけかと思ったら、
部屋も出る気配もなくて、私の様子を伺っているよう。
私は小さく笑って、椅子に座るように促した。
大方、この雨のせいで暇を持て余しているんだろう・・・

この人のことは、嫌いじゃない。
ルフィも、そういう、人を見る目だけは確かだなって思う。
———だけ、ってわけでもないけど、ね。
料理がとても上手で、適いそうにない。
それと、すごく優しい。軟派なだけだと、思うけど。

「皆は何してるの?」
「ん〜、ルフィとウソップは2人で、
ウソップが作ったとかいうくだらないゲームで遊んでて、
マリモヘッドは寝てた」
「ゾロって何であんなにいつも寝てばかりいるのかしら」
「ナミさんは、退屈だった?」
「私?そうね、日誌も書いたし何もすることなかったから暇だったかな」
じゃあ、といってサンジ君は嬉しそうに微笑んだ。
「おれで良かったら、退屈しのぎにいかがですか?
ナミさんと色々話したいなって思ってたんだ」
「悪くないわね」


ティーカップが空になって、まだ雨は降っていたけど。
体はちっとも寒くなくて、雨の音も聞こえなかった。
「あはははっ、それでそれで?」
「そうしたらその客、スープに虫が入ってるとか言い出して。
この虫は何だと聞かれて」
「うんうん」
「だからすいません、虫には詳しくないものでと丁寧に謝ってやったんだ」
「あはは!それ、すごい皮肉ねえ。面白い」

もう、サンジ君の話が楽しくて、楽しくて。
バラティエにいた頃の変なお客さんの話、
私がいないときのルフィ達のバカな話。
軽快にややオーバーアクションで話しているサンジ君に、
いつの間にかひきつけられてた。

あっという間に時間が過ぎて、時計を見ると、もう17時。
サンジ君は夕食の支度をしなきゃいけなくて、
名残惜しそうに椅子を元の場所に戻す。

「ふふっ、ありがとサンジ君。おかげですごく楽しかった」
「こちらこそ、ナミさんと過ごせて幸せで胸がいっぱいですっ!」
サンジ君は立ち上がって、キッチンへ足を進めて・・・
ふと、扉に手をかける前に足を止めて私を振り返った。

「ナミさんは、雨の日好き?」
「え?・・・うーん、嫌いじゃない、かな」
苦笑いをしながら答える私に、サンジ君は頷きながら、
「おれは、今日雨でよかったと思う」
「・・・え?」
「天気、悪くねーとあいつら外で騒いでうるせーから、
ナミさんとこんなにゆっくり出来なかったカモ。
だから、雨でよかった」
「・・・・・・」

私の驚いたような表情をサンジ君は見逃さなくて、
どうしたのって聞いてきたけど、
何とか誤魔化してキッチンへ向かわせた。

———雨でよかった、か。
笑顔でそんなセリフ言えたこと、私にはない。

やっぱり嫌いじゃないわ、サンジ君。
そうね、
これからこんな雨の日をいっぱい過ごせたら。
あなたのように言える日が、来る、・・・気がするわ。